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ゲストハウスにやってきた俺は足を止めた。 目の前で見学の受付をしている男女の後ろ姿。 俺はその後ろ姿から、強烈な何かを感じ取った。 自分の中の第六感ーーー… ……普段は第六感なんて信じていないのだけど、自分の中の全細胞が全力で違和感を伝えてくるような感覚に支配される。 見てはならない。 顔を合わせてはならない。 神経の端々にまで伝わる程に全力で訴えてくる自分の本能に従い、畑から戻ってきた俺はあからさまに右斜めに顔を背け、俯き加減で事務室に入ろうとした。 「(たいら)君」 ぎくりとして、顔を背けたままの状態でふたたび足を止める。 東堂(とうどう)さんの聞き取りやすい声がーーーこんなにも嫌に感じたのは今日が初めてだ。 「こちら前話してたUryu.(ウリュー)の。 今からご案内するから」 受付を済ませた2人はそう言われ、ほぼ同時に俺の方へ顔を向けた。 そして男の方が先に軽く一礼してから歩いてきた。肝心の女の方は男の後ろに隠れるようにしながら歩いてきて、2人は俺の正面にやってきた。 「はじめまして。Uryu.の駒場(こまば)です。 今日はよろしくお願い致します」 顎髭をきっちりと整えた男性は黒いハットを被っていたが、ハットを取る事なく俺に挨拶をした。俺は小さく会釈をして、急いで作った笑顔を顔面に貼り付けた。 この男性は別に良いーーー 俺が感じている違和感の主はこの男じゃなくてーーーその後ろに立つ、女の方だ。 意識して女の方を見ずに挨拶を返す俺を前に、女は控えめに一歩前に踏み出した。 顔を見ないわけにもいかず、俺はやっと女の顔を見る。 ーーーやっぱりーーーー 「はじめましてーーー… 佐崎憂(さざき うい)です。 ーーー今日はどうぞ、よろしくお願いします」 「ーーーーー…よろしくお願いします…」 予想外の言葉に、一瞬声が出なくなってしまう。 女はその一瞬にほんの少し違和感を感じたのか、ちゃんとしてよと言わんばかりに俺の顔に視線を向けた。
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