XI-II

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XI-II

 羅雪が平穏の日々を送って半年が経った。その間羅雪は自然に囲まれ時間を忘れて暮らしていた。平穏が日常になっていた。  戦場に立つことなく過ごす日々は羅雪にとって新鮮であった。種が芽を出し、花開く時まで観察することも出来た。  「…………」  いつものように花に水をやっていると扉が開き誰かが入ってくる。  だが、足音があのスーツの男では無いと気付いた羅雪は刀を手に取り警戒する。  半年間戦場にいなくても危険察知能力は衰えてはいなかった。  「誰だ?」  相手の背中を取った羅雪は刀の刀身を首に当てた。相手は手を挙げることなくその場でしゃがんだ。手を降ろし、右手の人差し指を地面につける。  行動を不信に思った羅雪は首を切り捨てようとした。だが、次の瞬間に羅雪は立てなくなるほどの大きな揺れに見舞われた。  「お前は……俺?」    相手が振り返るとその容姿は羅雪に瓜二つだった。気を取られ、隙が生まれたのを偽物は見逃さなかった。  腰に差していた刀を素早く抜き、羅雪の体を斬った。羅雪は斬られたものの寸前で距離を取っていたため、浅い傷で済んだ。  「XI-II……開発ってそういう意味か」  偽物の右肩にXI-IIと書かれていた。その文字を見た羅雪はスーツの男が言っていた開発・研究の意味、データを取らせた理由の辻褄があった。  本物そっくりに作られ、能力も本物と差異無い。自分のクローン人間。  羅雪は自分の相手をすることになるとは全く考えていなかった。  「気味悪いことしやがる」  羅雪は左手で刀を強く握り、右手で印を結ぶ。人差し指と中指をくっつけその他の指を握る。  印を結んだ右手を刀を振るように振る。すると地面に亀裂が走り、衝撃波が発生した。  偽物の羅雪は羅雪の攻撃を避けきれず吹っ飛ばされる。  偽物はすぐに立ち上がり反撃を開始する。刀を振り上げ、全速力で羅雪に向かっていき範囲に入ったところで勢いよく刀を振り下ろす。羅雪は右手を上に左手を下に垂らして攻撃を迎え撃った。  偽物の刀は羅雪の数㎝前で勢いが死んだ。見えない壁に阻まれた。胴がガラ空きになったところを三日月蹴りで確実に人体の急所である肝臓を蹴る。  相手がクローンで急所など効かないのはわかっているが癖で急所を蹴ってしまう。戦いのプロとして生きてきた羅雪には仕方のないことだ。  偽物はもろに蹴りを喰らい、再び吹き飛ばされる。態勢を立て直し羅雪に向かっていく。羅雪は右の手の平を偽物に向ける。  次の瞬間には偽物の上半身と下半身は完全に分離していた。右の手の平から体を分離させるほどの威力を持つ光の筋が発生した。まともに光の筋を喰らった偽物は活動を停止した。  「この程度か。この国の科学力もまだまだだな」  偽物が死んだのを確認してから準備をして羅雪は家を出た。先の地震で家は半壊。住もうにも住めない環境になってしまった。  羅雪は傷の手当てもろくにせずあの男に訳を聞きに出かけた。  ――――――――  ~北東の山岳地域・極秘研究施設~  「探したぜ。こんな場所にいたんだな」  「よく見つけましたね」    羅雪が襲撃されてから3日後。羅刹はありとあらゆるツテを使ってスーツの男の行方を捜した。  男がいる場所は半年前に任務をした山岳地域の極秘の研究施設。存在は公になっていない存在しないはずの施設。  山の中に作られた施設は誰にも見つかることは無かった。だが、裏に精通している羅雪の情報網には叶わなかった。  「こんな施設いつ作ったんだ」  「あなたがエージェントになってすぐですよ」  「じゃあ結構前からあるんだな」    「あなたがエージェントになってから国はあなたの強大な力に注目した。それをどうにか軍に運用したいと考えこの施設が生まれました」    「税金でこんな施設が出来てると国民が知ったら、革命が起きるだろうな」  「国民が知ることは無いですよ。この施設のことは表には出ません。国民は僅かな情報しか知らされないのですから」  スーツの男は淡々と言葉を並べる。羅雪もこの男が、元々底が見えない人間だとは薄々感じていた。    「3日前のことを聞きに来た」  「あなたが相手したのはあなた自身です。そっくりだったでしょう」  「見た目はいい線いってたな。だが、中身はお粗末だった」  「それが現時点での我々の限界です」  スーツの男は羅雪の言うことにうなずく。  「なぜ俺を襲った?」  「その方が、都合が良いからですよ」  「都合が良い?」  「えぇ。あなたもご存じの通り我々が開発していた兵器とはあなたのクローンのことです。それのプロトタイプが完成した。それを試す機会が必要だったんです」  「データなら散々取っただろ」  「えぇ。あなたのデータは完璧でした。だから問題だったんですよ」  羅雪は男の言うことに困惑する。完璧で何が悪いのかと。  「研究とは失敗と成功の積み重ねです。失敗は成功の基という言葉がとても当てはまるものです。あなたのデータは完璧がゆえに、改善点が無い。それでは完成度の高いものは生み出せない。見よう見まねでは納得のいくものは出来ない」  「完璧なデータを基に作られたプロトタイプをあなたと直接戦わせることで改善点のあるデータが取れると考えたんです」  「それで俺に。俺が死んだらどうする気だった?」  「あなたが死ぬことは別に問題では無いんです」  「国に尽くしてきたエージェントにその言い方はないだろ」  「あなたの力は強大過ぎる。あなたがどれだけ善い行いをしようが人々は力を恐れる」  「恐れてんのは上の人間だけだろ」  「ですね。あなたの存在を国民は知りませんから」  羅雪という人間の情報は表に出ることは決してない。それが裏で生きる者の道。    「上の人間はあなたを恐れている。その力が敵となった時太刀打ち出来ませんからね」  「だから、プロトタイプをあなたにぶつけたんです。プロトタイプが失敗しても良いデータが取れる。仮にあなたを倒せば、即軍に運用できる。どちらでも良かったんですよ」  「損は無かったと」  「えぇ。そういうことです」  「お前の余裕があるところを見るとまだいるんだろ。”偽物”が」  「さすが察しが良い。3日前、あなたが戦ったのは半年前にあなたが見せてくれた能力を持ったプロトタイプです」  「全部じゃないんだな」  「一個体に一個の能力をつけるのが今の限界なんですよ。ですからまだまだデータは必要なんです」  スーツの男は指を鳴らすと奥の扉が開き、肩にXI-IIと書かれた羅刹の偽物が2体出てきた。  いずれの個体も刀を持っている。すでに刀身を露わにしており戦闘態勢に入っている。    「XI-II……」  「11番目に開発されたプロトタイプの改良版です。2回改良を重ねました」  「だからXI-IIか」  羅雪も刀を抜き、左手一本で握り締める。うかつに距離を縮めれば能力の射程に入ってしまい、もろに攻撃を受ける。  様子を伺いながら戦闘を進めるのが良いと判断した。  「俺を2体相手か。ヒリヒリするな」    羅雪は久しぶりの戦闘に生を実感していた。相手は自分自身という強敵。それなのに羅雪は口角を上げた。  偽物の一体が右の手の平を羅雪に向ける。次の瞬間には光の筋が発生した。羅雪は手の平を見た瞬間に回避行動を取り、攻撃を喰らうことは無かった。  もう一体が指で刀を作り羅雪に向かって振る。地面に亀裂が入り、衝撃波が羅雪を襲った。  回避した先での攻撃に反応が少し遅れた羅雪は刀で衝撃波を受け止めるが威力に押され、壁にたたきつけられる。  反撃に移ろうとした瞬間、左から気配を感じた。左には手の平を羅雪に向け、光を放とうとしている偽物の姿があった。  辛うじて右に避けて光を回避する。  避けてばかりで反撃に持ち込めない羅雪は状況を打破する一打を放つ。一瞬で左手の人差し指を立て、それを右手全体で握る。左手の他の指も握り印を結ぶ。次の瞬間、偽物の上から光の筋が降ってきて一体は避けたものの、もう一体はもろに喰らい活動を停止した。偽物(プロトタイプ)本物(羅雪)では能力の威力に圧倒的な差がある。経験からなる本物の威力に見よう見まねのお粗末な能力が勝てる筈も無かった。  避けた偽物も回避が精いっぱいで近づいていた羅雪に気付けなかった。気付いた時にはすでに遅く、羅雪の刀が偽物を一刀両断した。上半身がボトッと重い音を立て地面に落ちる。2体のプロトタイプは活動を停止した。    「さすがですね。”オリジナル”の力がここまでとは」  「死ぬのが怖くないのか?」  「私は元々死んでいるような人間です。今更死んだところで何も未練はありませんよ」  「そうか。最期に1つ聞いていいか」  「なんでしょう?」  羅雪は戦闘を終えるとスーツの男に近づき刀を首に当てる。男はそれでも表情を変えず、焦ることすらもしなかった。  「半年前、お前が言っていたあの言葉は嘘だったのか?」  「あなたはどう思うんです」  「嘘はついていなかったと思う。そう信じたいだけなのかもしれないがな」  「そうですか。その言葉の真意はあなたの想像にお任せします」  「そうか。また会ったら苦労話の1つや2つしようぜ」  「それは名案ですね。私とあなたの苦労話は積もるでしょうね」  「そうだな。楽しみにしてる」  「私もです」  男の表情がやっと崩れ穏やかな表情になったところで羅雪は刀を一気に振り抜いた。  羅雪は研究施設を後にし、決着をつけに向かった。
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