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「そうね、理由はいくつかあるわ」
彼女は笑いながら答えた。
「ひとつ目は、昨日あなたを見かけて懐かしくなったから。それから、あの頃私をカスミ草で励ましてくれた感謝をあなたにちゃんと伝えたかったことが二つ目。三つ目は………あなたを、彼女に会わせたかったから、かな?」
まるで準備していたかのようにスラスラ答えながら、彼女はふっと私に視線を送ってきた。
「え?私……?」
「そう。だってあなたは、あの頃の私とよく似てるから」
「そうかい?二人とも可愛らしいけど、彼女はきみと違って健康的に見えるよ?」
可愛らしいと言われて、どっと赤面する。
人見知りには取り扱い注意な褒め言葉だ。
「ちがーう!外見のことを言ってるんじゃないの。あの頃私は一人でいることが多かったでしょ?彼女も、友達とワイワイ賑やかにするタイプじゃないみたいだから。でも私は、あなたからのお見舞いとカスミ草にずいぶん救ってもらったわ。だからもしあなたともう一度会えるのなら、今度は私の大切な友達も元気付けてほしかったのよ」
「―――っ!」
私は、彼女がそんな風に考えてくれてたなんて思いもよらなくて、ただただ嬉しくて、言葉に詰まってしまった。
すると男性は彼女の抱えたカスミ草を少し抜き取り、スッと私に握らせたのだ。
「きみは、いい友達と出会えて幸福だね。だからきみも彼女も、もうひとりぼっちじゃないよね」
私の手の中でふわりと揺れる小さな花達。
花言葉は ”幸福” と ”感謝” らしい。
「………そうですね。友達になれて、私、すっごく幸福です」
心からそう思う。
でもこの話を続けると泣いてしまいそうで、私は手の中のカスミ草がぼやける直前、涙を瞼の縁で引き止めるため、やや強引に話題を変えた。
「…そういえば、”魔法使い” って言葉が、二人の秘密の言葉だったんですよね?」
彼女が私に託した秘密の言葉だ。
それを聞いた彼女と男性は、顔を見合わせたとたん、クスクス笑いだした。
「あんなに大声でそう呼ばれたのは久しぶりだよ。きみが彼女に教えたんだってね?」
「あら、いけない?だって、あなたは本当に魔法使いじゃない。私が一人で寂しいと気落ちしてる時に限って、どこからともなくカスミ草と共にやって来るんですもの。神出鬼没にね」
「神出鬼没……ちょっとわかるかも」
私はこっそり賛同した。
「そうかな?自分ではそんなことないと思うんだけどね。俺のまわりにはもっと神出鬼没な連中が大勢いるよ?」
「それでもあの頃の私には、あなたがくれるカスミ草を見るだけで元気になれたのよ。まるで魔法にでもかかったみたいに」
「じゃあやっぱり魔法使いだ」
私もジョークで参戦した。
「ただ、箒で空は飛べないんだよ。残念ながらね」
彼のひと言に、三人で声をあげて笑った。
憧れの魔法使いと過ごせた時間は、彼女にとって幸福な瞬間となったようだった。
そしてそれは私にとっても、幸福な時間だった。
初対面の人とだって冗談を言い合えるようになったのだと、ちょっとだけ自信が持てたから。
一緒に笑い合える友達がいて、その友達の友達とも一緒に笑い合えて、一人ぽっちじゃないと思えたから。
その晩、私はベッドの上で手に負えないくらいの幸せを噛み締めながら、眠りについたのだった。
翌朝、彼女は眠るように息を引き取った。老衰だった。
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