8人が本棚に入れています
本棚に追加
ぽかんとしていると、小林くんは自分の口に手を当てる。
でも堪えきれなくて、小林くんは感情をこぼす。
「あはは、瀬野は本当に表情が分かりやすい」
「分かり、やすい?」
「緊張とか悲しんでるのとか笑ってるのとかすぐ分かる」
「え?」
「いつも分かってた。朝の挨拶の一瞬で、瀬野の気持ちが、俺にはすぐに分かる」
どくどくと鼓動が鳴る。
分かる。
分かって、いた?
「じゃあまた学校で」
小林くんが手を軽くあげる。
行ってしまう、そう思った。
きっと今なんだ。
勇気を、振り絞るのは。
「あの小林くん。明日の朝、カフェ、一緒にいか、ない?」
小林くんは目を丸めた。
なんて途切れ途切れなんだ、自分の声。
情けなくて、ちょっと涙があふれそうになると、小林くんは口角をあげたまま口を開く。
「俺、コーヒー大好きだから行く」
「え?」
「明日も、瀬野に会えるのすごく楽しみにしてる」
「へ?」
「だから、これ以上話すの俺も恥ずかしいから、瀬野も俺も少しずつお互いの距離を縮めていこう、これから」
「え、え……?」
「じゃあな」
照れ笑いする小林くんを見て、私は自分の頬を軽くつねる。
夢じゃない。
夢じゃ、ない。
違う、夢か確認している場合ではない。
小林くんが行ってしまう前に引き留めなくては。
でも何て言ったら?
「あ、あの小林くん、えーと、えっと」
「俺の名前、碧だから。明日から名前で呼んでよ」
「へ……?」
「じゃあまた学校で」
小林くんは私に背を向け、行ってしまった。
私はマフラーに埋もれた。
いつも『じゃあまた学校で』ってそう言ってくれる、でもさ。
「学校で偶然に会えたこと、ないに等しいんだけど」
私はいつも放課後の教室から小林くんを眺めているだけで。
でも、でもだ。
「碧、くん」
名前で呼んでよって言ってくれた。
少しずつ遠くなっていく小林くんの背中を見つめた。
ただ、ただ、愛しくて。
もっともっと、好きになって。
ねえ、ねえ。
明日が早く来ればいい。
私も、私も、心待ちにしてるよ。
言えたらよかった。
私も名前で、菜名って呼んでって。
それ以外に言いたいことあった。
今は全部真っ白になっているけど、たぶんたくさん、たくさんあった。
今は勇気がでなかった。
けど、明日言えたらいい。
明日言っていいよね、何気ない話をしたい。
動き出したんだよね。
そう信じていいんだよね。
白い息が舞い上がり、世界に溶けていく。
今白い息とともに、消えない思いがある。
この恋に名前はあるのだろうか。
あるなら、いつか分かるのだろうか。
私は知れるだろうか。
自信を持って、見つけていけるだろうか。
「明日……か」
待ちきれない。
また明日が来て、また明日が来る。
この恋の名前がわからない今、強く、強く思う。
私は早く、今日も明日も、小林くんに会いたい。
世界でたった一人の、小林くんに。
そして私は今日も大切な、
世界でたったひとつの恋をしている。
最初のコメントを投稿しよう!