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それから夏休みが明けるまで、僕は抜け殻だった。空虚感が全身に纏わりついて、生きている心地すらしなかった。だけど、その間の記憶は意外にもハッキリと残っている。
サンライズ灯台に行ったあの日。もうすぐ正午になろうかという時刻まで泣き崩れ、気付けば夏の厳しい日差しにさらされていた。アスファルトから伝わる熱は、自分の無力さに追い打ちをかけているかのよう。重くなった体を引きづりながら、行きの何倍も時間をかけて帰宅した。両親からこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
もう何にも手が付かなかった。あれだけ没頭していたフィールドスナイプはログインすらしていない。見るのも嫌になっていた。毎日毎日、日が登って沈むまで、窓の外をボーっと眺める夏の終わり。たった一度の失恋で、この世の最期のような絶望感に苛まれた。
そんな暗い気持ちに陥ったまま、カレンダーは遂に八月の終わりを告げる。眠気とダルさを制服に包み込み、夏休み明け初日の学校に登校した。
*
窓際の自席に座り、頬杖をつきながら校舎の外を眺める。教室に響き渡る喧騒が鬱陶しい。自分自身が元々ワイワイする性格ではないから、ある意味いつも通りではあるのだけど──今日はいつもより嫌悪感が強かった。
僕もこれくらい賑やかにできたら、あんな失恋はしなかったのかな……なんてぼんやり考えていたその時。ガラガラッと教室のドアが開く音で、僕の意識は現実に引き戻された。
「え~みんなおはよう。夏休みが終わってさっそくだが──今日から新しくクラスメイトになる人を紹介しようと思う」
ホームルームが始まって早々、真剣な口調で話し始める担任の先生。直後の「入ってきてくれ」という言葉で、再び教室のドアがガラガラッと開いた。
控えめな足取りで入ってきたのは女の子だった。セミロングの綺麗な黒髪に、清楚な顔つき。教室のあちこちから「あの子可愛くね?」や「誰か連絡先聞きに行けよ」と言う声が漏れる。モブキャラの僕でさえ、ひと目見て可愛いと思った。
だけど同時に、僕は落胆した。一瞬でこんなにちやほやされるような人と僕では、住む世界が違う。スクールカーストの上位が一人増えただけ。秋からも続く退屈な学校生活に、なんら変化はないだろう。
「──つまんねっ」
そう小さく呟いて、再び校舎の外へ顔を向けた次の瞬間。僕の記憶は、あの夏へ一気に引き戻される。
「三浦 桃と言います。隣の県から転校して来ました」
聞こえてきたのは──ヘッドホン越しに何度も耳にした、聞き馴染みのある声だった。思わず彼女の方を振り向く。
もも……? いやいや、そんな偶然あるわけが──。
「オンラインゲームをよくやります。皆さん、どうかよろしくお願いします」
──信じられなかった。この透き通った声、間違いない。ずっと会いたいと願っていた、あの"モモちゃん"が目の前にいる。
あまりに突然で驚きを隠せずにいると──次に口を開いたのは先生だった。
「実はお父さんの急な仕事の都合で、夏休み中にこっちに引っ越して来たんだ。知り合いもいない初めての町だから、みんな仲良くしてやってくれ」
そう言って補足を加える。先生の言葉が終わったと同時に、モモちゃんがペコッと頭を下げた。
一人でモヤモヤしていた謎が、ものすごいスピードで解けていく。
彼女が夏休み前に言っていた、「また転校するかもしれない」という言葉。フィールドスナイプにログインしていなかったのは、おそらく急な引っ越しで忙しかったから。そして──あの地震が起きる前に、サンライズ灯台から離れていた。
声を上げたくなるほど嬉しかった。無事でいてくれて、本当に良かった──。
「席は……そうだな、あそこが空いてるから座ってくれるか?」
先生がそう言って、見惚れていた僕の隣の席を指さした。当然何も知らないモモちゃんは、緊張した面持ちでこちらにやって来る。
周りから「ハルトいいなー」や「席代わってくれよ」という声が滲んでくるけど、そんなの関係ない。今はこの嬉しさを、しっかり噛み締めなきゃ──。
「陽登です。僕もオンラインゲーム、よくやってるよ」
「へぇ~同じだね──って、ハルト君⁈ もしかして、フィールドスナイプの?」
「うん。モモちゃん、久しぶり──なにより無事で良かったよ」
「嬉しい──! これからはクラスメイトだね! よろしくね!」
奇跡、起きた。
やっと、やっと──あなたに会えた。
もう寂しい思いはさせない。
-完-
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