ビバ婚約破棄

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ビバ婚約破棄

民達の希望の象徴である聖女と帝国の未来の太陽である皇太子殿下。  その二人の婚約式を一目見ようと国中の貴族達が会場へと足を運んだ。 「ルーラック・シルバー皇太子殿下。リリア様との婚姻を見据え、婚約を結ぶことを承認しますか」 「ああ。承認しよう」 「リリア樣。ルーラック・シルバー皇太子殿下との婚姻を見据え、婚約を結ぶことを承認しますか」 「………」 「リリア様?」 「………はい。承認します」  多くの者に見守られながら、大神官の名の元に正式な婚約を結んだ二人。後世に語り継がれるであろう素晴らしい瞬間に立ち会えた感動と未来への期待に胸を膨らませた者達が拍手と歓声で祝いの意を表す。  ―――が、その直後。  会場を包んでいた感動は恐怖へと変わり皆が一斉に悲鳴を上げた。  喜ぶ民の表情を一目見ようと振り向いた二人の目の前に、前触れもなく一人の少女が舞い降りたのだ。  その場に座り込んでしまった少女は膝上までしかない紺色の装束を身に纏い、シルバー帝国では殆ど見ることのない黒色の瞳一杯に涙を溜めている。 「異国から舞い降りし、聖女様………」  貴族の中の一人が呟いた一言が湖に落ちた小石となって波紋が生まれる。小声ではあるが皆が思ったことを口に出し始め、会場には動揺と混乱が広がっていった。 「この状況、あの伝説と全く同じではないですか?」 「ええ………。異国の装束を身に纏った黒髪と黒の瞳を持つ少女なんて」 「伝説の初代聖女様と、全てが一致しているわ」  階下の皆の言葉は嫌でも耳に入ってくる。  リリアはこの場を収めることも忘れ、ただ一心にその少女を見つめていた。  ✽✽✽ 「リー、リー」 「んー………クロってば、もう起きたのね」 「飯!お腹空いたー!」  床に座って拗ねた態度で自分のお腹を擦るクロを眺めながらリリアは身体を起こした。よりにもよってあの日の夢を見るなんて。  なんて………なんていい朝なのかしら!!! 「ん~!いい気持ち!」  固いベッドの上で腕を伸ばし、纏わりついてくる眠気を振り払う。  伝説の聖女様が現れてから1週間後。元々民からの羨望を一心に受けていたリリアを良く思っていなかった皇室は聖女の称号をリリアから異国の少女に移すことを大々的に発表した。  リリアは元々帝国の最南端の地で暮らしていた平民だ。聖女の称号を失えば、勿論元の身分に戻る。よって皇太子の婚約者たる資格は失われ、婚約から一週間という脅威の速さでその婚約の破棄が決定した。  そして、あの婚約式から一ヶ月経った今。  リリアは国の最南端………の更に南。人々が決して近づくことのない魔の森で、一人の子どもと慎ましく暮らしていたのであった。  「クロ、今日の朝食はパンケーキよ」 「パンケーキ!俺混ぜる人やる!」  神殿で暮らしていたあの頃とは比べ物にならない程質素な生活。  側仕えもいなければお金もなく、家も狭い。 「ほら、混ぜ混ぜしてみて」 「うーん………ふんっ」 「わあ………ダイナミックね」  同居人のクロは恐らくまだ5歳くらいで相当なお転婆だ。パンケーキの生地を混ぜたらテーブル中に飛ばしてしまったりするしね。でも、子どもらしく活発な様子はとても可愛らしくて癒やされる。  それに朝のお祈りもないし、お淑やかにお手振りしなくてもいいし、何より面倒くさい貴族のいざこざに巻き込まれなくてすむし。 「リー、ごめんなさい」 「あははっいいのよ!どうする?もう一度チャレンジしてみる?」 「………!やる!」  リリアはここに来た日から毎日のように思うのだ。   異国の聖女様万歳!婚約破棄万歳!  私から聖女の肩書きを奪ってくれた全てに………心からの感謝を!
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