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訪問者と愛の告白
薄く固いベッドと簡素なキッチン。それからところどころ割れ目の入っている二つだけの椅子とテーブルが一つ。壁際に置いてある箪笥には最低限必要な衣服と、聖女だった頃に身に着けていた宝石が数個だけ保管してある。
冬を超すにはあまりに足りないものばかり。かといって緊急時にお金に替えるために持ってきたそれらを使うわけにもいかず、時間さえあればせっせと編み物に勤しんでいた。
「ねえ、皆と遊んで来てもいーい?」
「ええ。暗くなる前に戻るのよ」
「はーい!」
椅子に腰掛けかぎ針を動かしながらクロを見送る。本当は自分が遊び相手になってあげるのが一番なのだろうが、幸いクロは自分に合った遊び相手を見つけているので今は冬への備えを優先することにした。
時間を忘れ無心で糸を紡いでいく。日が沈み始めた頃、扉をノックする音が聞こえて手を止めた。
ここは魔物の住む森だ。魔物は基本温厚であるとはこいえこんな場所に定住できるのはリリアくらいだろう。しかしこの数週間で、既に5回ほど村人達が訪ねてきている。ここは危険だから病人は医者に診てもらうべきだと何度も言っているのだが、そもそも医学に通じている者自体希少なので仕方がないだろう。
「皇宮まで噂が回るのも時間の問題かしらね」
針を置いて立ち上がると再び三度扉が叩かれた。慌ててドアに手をかける。
「はいはい。今開けますか、ら………」
全てを見透かされているような気になる、冷たい黄金の瞳。一切揺れることなくただ一心に此方を見つめてくるその目がリリアは………可愛くて仕方なかった。
「やっぱり狼の目によく似てますわ」
「ああ。君が言い始めてからよく言われるようになった」
「そうですか。ところで、あの」
「何だ?」
「人違いだったみたいです!!!」
全ての力を振り絞ってドアを閉める。が、寸前のところで大きな手が割り込んできてそれはもう思い切り………挟まった。確かに骨まで当たったのを感じてもろに扉が皮膚に食い込んだのが分かる。
「キャー!ちょっと!こういう時は足を挟むと相場が決まっていますわ!」
「訪ねたのは俺だ」
「そうね!間違えのは貴方ですよね!」
それが態々扉に手を挟んでまで言う台詞かしら。なんて思ったが、よく考えると彼にとっては女性が閉めようとしたドアを開けるなんて私が箸を持ち上げるのと同じようなものだ。
それなのに何故間に手を入れただけで無理に抉じ開けなかったのか。結局リリアは自ら扉を開けざるを得なくなってしまったし、なんだか負けた気がしてならない。
「間違えてなどいない。探していたのは君だ」
「そうですか!ほらもう、手を出してください。治しますから」
素直に差し出された手に軽く神聖力を込める。その瞬間淡い金色の光が現れて赤くなっていた部分を包み込んだ。
「ところで、アルバート騎士団長様が部下も連れずにこんなところへ赴くなんて、皇家の命で私を連れ戻しに来たのでしょうか」
敢えて目を合わせず、万が一にも怪我が残っていないかを確認しながら問いかける。
「違う」
「では神殿の命ですか?」
「違う」
「だったらどうしてこんなところに………」
「会いに来たんだ」
予想していなかった一言に思わず視線を上げてしまった。
「君に、会いに来た」
「だから!私が聞きたいのはその理由で………っ」
「好きなんだ」
この男はどんな時も決して感情を表に出さない。自身の身長を優に超える魔物が現れた時も、社交界で美しいと評判の令嬢に腕を絡められた時も、その出自を貴族達に揶揄された時も。
狼を彷彿とさせる黄金の瞳に静かな怒りすら滲ませることはなく、感情が全く顔に出ないのか、そもそも感情というものが彼の中に存在しないのか。どちらなのか分からなくなる程彼はいつも同じ顔をしていた。
その彼が、今。頬を淡く染め、目を逸らして片手で口元を隠しながら。
「君が好きだから………君に会いに来たんだ」
私に愛の………告白をしている。
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