アルバート・リーヒルという男は

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アルバート・リーヒルという男は

 帝国のために剣を取った者達の集まりであり、皇帝のみにその指揮権が与えられている至上の騎士団。それが皇室騎士団だ。因みにその内部は皇家や皇宮の警護・警備に当たる第一騎士団とそれ以外の殆どの仕事を請け負う第二騎士団に分かれている。  アルバート・リーヒルは後者。第二騎士団の団長だ。  アルバート・リーヒルという人間は、真面目で礼儀正しく、そして誰に対しても平等に冷淡な人。リリアは彼にそんなイメージを抱いていた。  初めて彼に会ったのは騎士叙任式の日。一生に一度の晴れ舞台だと言うのに彼は一切表情筋を動かすこと無く皇帝から剣を受け取っていた。その後第二騎士団の討伐任務に同行することはあったが滅多に怪我を負わない彼と関わることはなく、まともに会話するようになったのは異例のスピード出世を遂げた彼が十六歳という若さで騎士団長になってからだった。  騎士団長になって最初の任務はワイバーンの討伐。多数の怪我人が出ることが予想できたためリリアも同行したのたが、そこで彼と激しく言い争ったのを今でもはっきりと覚えている。  まさかそれが、これから任務に同行する度に何度も何度も繰り返し行われることになる伝統行事、『聖女vs騎士団長』の記念すべき第一幕になるとは夢にも思っていなかった。 「ですから!あのワイバーンは怪我を負った子を守るために凶暴化しているだけなのです!私が子を治療すれば必ず落ち着きを取り戻しますわ」 「駄目だ。危険すぎる」 「では団長様はあのワイバーンを殺せば良いとお考えなのでしょうか!」  仮設のテント内でテーブル代わりの箱を挟みながら声を上げる。彼と言い合いをして何が一番嫌かと言うと、彼のこの冷静さだ。こちらが激昂しているというのに相手は眉一つ動かすことがない。それが此方を下に見ているからではなく、寧ろ彼は恐らく誰よりも真摯に自分と向き合ってくれているのだが、それはそれで気に触るというかなんというか………。 「もともとそういう任務だった筈だ」 「ですが、そうしなくとも良い方法が見つかったのです………!」 「危険なのは貴方だけではない。聖女様自身は勿論、貴方を守ろうとする騎士も危険に晒される。守るより、殺す方が簡単だということは貴方も分かっているはずだ」  彼が人の命同様、魔物の命を軽んじているわけではないことは既に知っていた。森に入ってからは魔物を刺激することのないよう慎重にルートを選び、魔物と遭遇してもあちらから襲って来ない限り剣は抜かない。そしてこれまでの戦闘でも、魔物達に余計な苦しみを与えることのないよう細心の注意を払っていた。  それでも彼は今、魔物を殺すことを選択したのだ。 「騎士団長様は………もし相手が魔物ではなく人間であっても同じことを仰いますか?」 「言う。その者一人を殺すことでその者がこれから傷つけるであろう多くの人を救うことになるのなら、正しいのは前者を見捨てることだ」  リリアは目の前にいるこの男が不思議でならなかった。周りを慈しむ心がありながらそれを表に見せることはなく、傷つけまいと守ろうとした手で今度は別の誰かのためにそれを殺す。チグハグで、無茶苦茶だ。  けれどそのチグハグさが、とても愛おしいもののように思えるのは何故だろうか。狼のように鋭く光る目はなかなか可愛いし、この愚直な態度も見方を変えれば誠実で素直だ。  それでも………自分とは絶対に相容れない。騎士団長と聖女として初めて当たった任務の帰りにリリアは心の底からそう感じたのだった。
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