18 七年越しの契り *

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18 七年越しの契り *

「……ん……」  急激に意識が浮上して、(だん)はゆっくりと目を開けた。視界に入ってくるのは見慣れた寝室の低い天井ではなく、リビングの天井。つけっぱなしの照明が目に眩しい。寝違えたように首や肩が痛み、全身がむくんでずっしりと重たかった。  閉めたカーテンの隙間から強い光が漏れている。壁掛け時計は十時少し過ぎを指していた。どうやら帰宅してそのままシャワーも浴びず、ソファで寝落ちてしまったようだった。  むくりと体を起こし、暖は今朝の出来事を思い出そうとする。明け方に店を閉めてすぐ、あきらママと一緒に朝ご飯を食べに行った。五時半頃にはマンションに戻ってきたけれど、メッセージが気になってすぐにはシャワーを浴びずにソファに寝転んで――。  そこまで考えて、はっとする。あたりをおろおろと見回して、床に落ちていたスマートフォンをやっと発見する。逸る手で拾い上げて、メッセンジャーアプリを立ち上げる。  けれど。  明け方に靖羽(やすは)に送ったメッセージには、返事もなく既読すらもついていなかった。  深い落胆が暖の全身を覆う。そしてそれに続いて、言いようもない不安がじわじわと広がっていく。  靖羽は基本的に返信が速い。昔からそうだった。絵文字は少なめでそっけない文面ではあるけれど、どんなに忙しくても数時間以内に返信をくれていた。  靖羽はもう、このまま二度と返信をくれないのではないか。煮え切らない自分の態度に失望して、このまま離れていってしまうのではないか。喧嘩別れしたまま、もう二度と会えないのではないか。 「……いやだ……」  腹の底からせり上がってくるような冷たい恐怖や焦燥感に、暖は頭を抱えてうなだれる。  一度は諦めたはずなのに、いざ失いそうになるとこんなにも怖くて仕方ない。矛盾していると自分でもわかっていた。  けれど、七年ぶりに再会して、黒目がちのあの大きな瞳にまっすぐ見つめられて、名前を呼ばれて愛を囁かれて。  どうしても揺らいでしまった。  忘れようとしていたのに、むしろ気がつけば彼のことばかり考えるようになっていた。  このままフェードアウトのような形で関係を失うのは嫌だった。  暖はスマートフォンを握りしめ、ゆっくりとソファから立ち上がった。  タクシーから降り立った病院のエントランスの前で、暖はしばらく立ち尽くしていた。  靖羽と再会したあの日、泥酔した靖羽を送り届けようと、住所の入っているものを求めて彼の鞄を探した。そこで見つけた職員証に書かれていた靖羽の勤め先の病院名を、暖ははっきりと覚えていた。  都心の大通り沿いにあるその病院は、大勢の人がひっきりになしに出入りする大規模な総合病院だった。科によって複数の建物や階に分かれているようで、入り組んだ案内図はまるで迷路のようだった。  靖羽に会うために、シャワーを浴びてメイクもそこそこにタクシーを拾ってここまで来たものの、いざ靖羽を探すとなるとどこから始めたらいいのかわからない。靖羽は内科の研修医をしていると言っていた気がするが、案内を見ると普通の内科から循環器内科、血液内科などさまざまな内科がある。普通の内科でいいのだろうか。  恐る恐るエントランスから中に入って、内科の案内の矢印に従って奥まで進みかけて暖はぴたりと足を止める。靖羽は担当の患者がどうとか言っていたし、外来ではなく病棟で働いているのではないだろうか。このまま進むと内科は内科でも、外来の内科にたどり着いてしまうような気がする。  改めて案内図をじっくりと確認する。病棟は五階から十三階までの九階層に分かれており、そこからさらに北棟と南棟の二つに分かれているようだった。が、この案内図からではどの科の病棟がどこに位置するのかまではわからなかった。 「……どうしよう」  思わず途方に暮れてつぶやく。が、付近を見回しても外来受付や入院受付、精算所があるだけで、特に案内所のような場所はなかった。そもそもここで聞いたところで不審者扱いされて靖羽まで繋いでもらえないかもしれない。  とりあえず、病棟に行ってみよう。その思いで、暖は案内の矢印に従ってエレベーターホールまで進み、患者らしき入院着の人々や白衣の人々に混じってエレベーターに乗った。  消毒液の匂いのするエレベーターが五階に到着し、暖は人並みに乗って一緒に病棟階に降り立つ。真っ白な廊下を少し進むと、突き当たりにナースステーションらしきカウンターがあった。奥でせわしなく行き来する白衣の人々の様子にじっと目を凝らすが、靖羽らしき姿は見当たらなかった。  ナースステーションを中心として、左右に伸びた白く明るい廊下は病棟に続いているようだった。大きな器具や機械を押して廊下を歩いている白衣姿の人が何人かいたが、背格好からしてどれも靖羽ではない。  外を出歩いている入院患者も多いし、もしかしたらここは内科の病棟ではないのかもしれない。六階を探そうか、それとももう少し五階を探してからにしようか、と暖が迷いながらその場に佇んでいると、ナースステーションから声がかかった。 「どうされましたか。面会ですか?」  声をかけてきたのは若い女性の看護師だった。手元のパソコンから顔を上げてこちらを見ている。 「あ、ええと……内科の病棟って、こちらで合ってますか?」 「はい。六階と七階にも病棟が分かれてますが。……一階の面会案内で受付はされましたか? そちらで階と部屋番号の書かれた入館証がもらえるはずですが」  おろおろと挙動不審な暖の様子に、看護師は怪訝そうな態度を隠さない。靖羽に会う前に不審者としてつまみ出されるわけにはいかない。なりふりかまってなどいられなかった。 「あ……あの、瀬戸(せと)靖羽先生ってこちらにいますか? 男性の、研修医の……」 「……瀬戸先生?」  看護師は眉をひそめる。 「せと……という名字の先生はいなかったと思うんですが。やすは先生なら、桜井(さくらい)先生がいらっしゃるけど。研修医の、桜井靖羽先生」  半ば独白のようにつぶやかれた後半の内容に、暖ははっとする。  桜井は靖羽の父親であり、桜佳苑(おうかえん)の前当主でもある利道(としみち)の姓だ。母を亡くした靖羽が屋敷に来た当初は、利道が靖羽の親権を取ったのみで、靖羽は母の姓である瀬戸をそのまま名乗っていた。おそらく暖が屋敷を出たあとに名字が変わったのだろう。 「そ……その人です! 間違えました、桜井先生です。ちょっと会って話がしたいんですけど……」  主張がころころと変わる暖に、看護師の態度がさらに怪訝そうなものに変わっていく。 「……失礼ですが、桜井先生とのご関係は?」  暖は咄嗟に言葉に詰まる。  自分は、靖羽の何なんだろう。今はもう家族でも、恋人でもない。当たり障りなく友人と答えておけばいいのかもしれないけれど、友人と呼ぶには親しすぎるという気持ちもあった。 「えっと……」  返答ができず暖が立ち尽くしていた、そのときだった。 「……暖さん?」  耳慣れた、凛とよく響く芯のある声が鼓膜を震わせる。はっと弾かれたように声の方向を振り向く。白い廊下の中央に立っていたのは、白衣を纏った背の高い姿――靖羽だった。クリアファイルに入った大量の書類を腕に抱えて、こちらを驚いた様子で見つめている。 「……靖羽」 「暖さん、なにしてるの……? こんなところで」 「……靖羽に会いにきた」  短く答えてうつむいた暖を靖羽はしばらく見つめていたが、ナースステーションのカウンター越しに看護師たちがざわざわとこちらの様子を伺っているのに気づき、慌てた様子で暖のそばに近づいてくる。 「ちょっと外で話そう。少しなら時間取れるから。――荷物置いてすぐ戻ってくるから、そこのエレベーター前のベンチで待ってて」 「……ほんとに戻ってきてくれる?」 「戻ってくる。必ず。……だから待ってて、ね?」  こちらの顔を覗き込んで、あやすような口調で穏やかに言った靖羽に暖は無言でうなずく。ぱたぱたと小走りで来た廊下を戻っていくすらりと背の高い白衣の背中を見届けて、暖はエレベーターホールへと向かった。 「お待たせ。――これ、どうぞ」 「……ありがと」  靖羽から手渡されたお茶のボトルを両手で包んで、暖はうつむいた。  靖羽に連れられて建物の一階まで降り、正面玄関とは逆の出入り口から外に出た。南棟と北棟のちょうど間に位置するそこは広大な中庭になっていて、綺麗に手入れをされた花壇や植え込みが広がっていた。中央に位置する噴水の近くのベンチに暖を座らせ、飲み物を買いにいった靖羽がちょうど戻ってきたところだった。  暖の隣に靖羽がすとんと腰掛ける。二人の間に不自然に空けられた距離に、暖の胸がつきんと痛む。買ってきた水のボトルを開けながら、靖羽が口を開いた。 「俺がここで働いてるって、よくわかったね。言ってなかった気がするけど」 「……見たから、職員証。酔いつぶれた君を介抱したとき、鞄の中にあって」 「……ああ、」  そこで沈黙が降りる。お茶のペットボトルを握る手は、ボトルの結露のせいかそれとも汗のせいか、じっとりと湿っていた。 「……あの、名字……変わったんだね。桜井に。さっきナースステーションで瀬戸先生いますかって言っちゃって、そんな先生はいませんって言われちゃった。看護師さん、すごい怪しんでたな」 「そう。大学入る少し前に養子縁組してもらったんだ」  再び二人の間に沈黙が降りる。靖羽はいつになく言葉少なで、口調も抑揚を感じられずどこかそっけなかった。  靖羽は勤務時間中で、それほど時間もないはずだ。このままでは何も深い話をしないまま、靖羽は病棟に戻っていってしまうかもしれない。暖の焦りが強くなる。 「……靖羽。その……泣かせてごめんね。ひどい言い方して、君を責めるような……」 「別にいいよ。っていうか、そもそも俺がやってしまったことが原因で、俺が悪いし。あんたは何も悪くない」  何度目かわからない沈黙が二人を隔てる。会話が続かない。とはいえ、核心を突くような話を切り出す勇気もない。暖が次の言葉を探していると、靖羽が口火を切った。 「用件はそれだけ? 俺、勤務中であんま時間なくて。すぐ戻らないといけないんだけど」  突き放すような言い方に、暖は自分でも驚くほどに動揺する。言葉を紡ぐ唇が思わず震えた。 「……靖羽、怒ってる?」 「怒ってないよ」  短い返答は、感情の気配を感じられずあまりにもそっけなかった。次の言葉を紡げずにいる暖を靖羽は辛抱強く待っていてくれていたが、やがて意を決したように小さく息を吸って、口を開いた。 「暖さん。……はっきり断ってください。俺との関係のこと。こんな中途半端な関係でずるずると、告白もかわされて……俺、正直しんどいです」 「靖羽、」 「……わかってる。暖さんは優しいから、俺のことなんかもう興味ないけどきっぱり断れなくて……だから返事を先延ばしにしてたんでしょ。七年前のあのときも、俺に何も言わずにいなくなって……本当に好きだったらそんなことしない。最初からあんたは俺のこと、そんなに好きじゃなかったんだ。こんなに好きで好きで、どうにかなりそうなくらいあんたに執着してたのは、俺だけだったのに……七年間もずっとあんただけを想って、あんたを探し続けて、俺、ほんとバカだった」 「違う……靖羽、聞いて、」 「暖さん、ごめん。何回もしつこく迫って、本当にごめん。もう終わった男から真剣に付き合ってほしいだなんて何回も迫られて、嫌だったよね。……でも俺、セフレは絶対に嫌なんです。ちゃんと彼氏として、真剣にあんたと付き合うんじゃなきゃ嫌だ。だから……だから、あんたこと、ちゃんと諦めます。しばらく距離おいてようやく覚悟できた。だから……」 「……っ、怖かったんだ!」  暖が大きく声を張り上げて、噴水の周りを散歩していた入院着の人々が驚いたようにこちらを振り返る。ゆっくりと視線をあげた靖羽と目が合う。その黒目がちの大きな目を正面からしっかりと見つめて、暖は大きく息を吸い込んだ。 「……怖かった。僕じゃ君を幸せにできないとか、僕じゃ君に釣り合わないんじゃないかとか、そういうのも怖かったけど……でも、一番は、君が僕の大事な存在になるのが怖かったんだ。僕は……もう大事な存在を、家族を、失う痛みを味わいたくない。僕と近い存在になることで、誰かを不幸にしたくない。だから、君から離れて……恋人も作らずに生きてきた。もう一生、一人で生きるつもりだった。君のことは好きだったからこそ、遠くから見守っていようと――」 「七年もずっと会いに来なかったくせに? メッセージも全部無視して、一切連絡してこなかったくせに? 俺がどこで何をしているか、どんな思いで生きているか、興味もなかったくせに?」  靖羽のストレートな言葉に、暖は黙り込む。そしてためらいつつ、迷いつつも口を開いた。 「……君が医学部に進んで名古屋に行ったことも、サッカー部で活躍してることも、藤堂(とうどう)くんや大江(おおえ)くんと仲が良いことも、お医者さんになって研修医として東京に来ることになったことも、ちゃんと知ってた。君が僕のことをずっと探してるんだろうなってことも……なんとなく、わかってた」 「……え? え、なんで?」  暖の思わぬ告白に、靖羽は頓狂な声をあげる。 「……SNS、見てたから。昔、アカウント教えてくれたでしょ。君のもとを勝手に離れた以上、こっそり見るなんてよくないって思ったけど……でも、君のことが忘れられなくて。ずっと、投稿見てた……から」 「……なんなんだよ、それ。俺……ずっと、ずっと必死にあんたのこと、探してたのに……」 「……ごめん。本当にごめん。でも、僕は君のことを本気で忘れようとしていたんだ。でも、できなくて、SNS覗くのもやめられなくて、ずっと君のことばかり考えていて……そんな中で君がお店に来てくれて、僕をまた見つけてくれた。君が隣にいてくれて、甘い言葉をささやいてくれて、デートして、セックスして……すごく幸せで、とけてしまいそうだった」  暖は喘ぐように肩で大きく呼吸をした。 「でも……君とそれ以上の関係に進むのが怖かった。ずるずると返事を先延ばしにして、かといって自分から君をはねのけることもできなくて……そしてとうとう君に愛想を尽かされて、返事が来なくなって。このまま君との関係が終わってしまうのかな、君とはもう会えないのかなって思ったら、すごく、苦しくて……う、受け入れられなかった。一度諦めたはずなのに……矛盾しているのに……でも、君がいないと……いやだ、って、一緒にいたいって……そう、思ったんだ……」 「……暖さん」  靖羽の黒い瞳が揺れる。吸い込まれそうなその瞳から視線を逸らしてしまいそうになるけれど、しっかりと靖羽の目を見て、暖は震える声で必死に一つ一つ言葉を紡いだ。 「靖羽……す、好きです。怖いけど……失ってしまうかも、自分じゃ幸せにしてあげられないかもって、すごく怖くて仕方ないけど……それでも、君の恋人に、大事な人になりたい。お店も辞める。心も体も、君だけのものになる。だから……靖羽、僕とずっと一緒にいてくれますか。怖いけど……すごく、怖いけど……っ、君と一緒にいたい、から……っ、だから……だから、絶対にどこにも行かないって、一緒に生きて幸せになってくれるって、や……約束してくれますか……っ」  最後の言葉を言い切る前に、ぐいと体を引き寄せられてきつく抱きしめられる。白衣姿の靖羽からは、彼自身の匂いに混ざって消毒液の匂いがした。それでも、首筋や髪から香る靖羽の匂いに、力強い抱擁に、髪をなでてくれる大きな手の感触に、じわりと安心する。  そして、確かな実感が暖の胸の中にゆっくりと波紋を広げていく。  ああ、自分は。  やはりどうしようもなく、この男が好きなのだ。  八年前のあの夏の日に出会ってしまってから、ずっと。どう抗っても、離れられないほどに。 「……本当に、もう……考えすぎなんだよ、あんたは。こんなに魅力的なのに自分に自信がなくて、心配性で、考えすぎで」  ふと視線を感じる。車椅子に乗った入院着の男性と、その車椅子を押す女性、看護師らしき服装の女性が驚いたようにこちらを見つめていた。 「……すごい見られてる」 「別に。大事な彼氏を抱きしめて何が悪いんだよ」  彼氏。  靖羽の言葉に、胸の奥のほうがきゅうっと熱くなるのを感じる。自分はついに、この子と恋人同士になったのだ。  みぞおちの奥が冷えるような恐怖や不安も感じるけれど。けれど、それ以上に胸が温かくて、幸せで。全身に温かいものが伝播していくような感覚がして、ふわふわと体が浮遊するような感覚がする。  やがてそっと抱擁を解いた靖羽は、正面から暖に向き直った。手を握られて、くっきりとした二重の綺麗な目がこちらを見つめてくる。改めて、本当に美しい男だと思った。 「暖さん。俺は、あんたを置いてどこにも行かない。ずっとそばにいる」 「……うん」 「ちなみにこれ、七年前にも同じこと言ってるからね」 「……ごめん」 「でも、あんたが安心するまで、不安が消えるまで何回でも言うよ。俺はどこにも行かないし、あんたを幸せにするために、あんたと一緒に幸せになるために、一生懸命に生きる。俺に釣り合うかどうかとか、暖さんが俺を幸せにできるかどうかとか、そんなこと考えなくていい。だって、俺にはあんたしか……」  そのときだった。 「桜井先生! いた! こんなところに!」  見ると、若い女性の看護師が二人、こちらに向かってぱたぱたと駆けてくるところだった。 「先生、五〇六号室の患者さんが容態急変で。急いで来てほしいって、上級医の先生が」 「わかりました」  靖羽は慌ただしくベンチから立ち上がる。つられて立ち上がった暖を、靖羽は振り返った。 「暖さん、ごめん。戻らないと……」 「いや、こちらこそごめん……仕事中に押しかけちゃって」 「あとで連絡するから」  そう言って慌ただしく看護師のあとに続こうとした靖羽は、何かを思い出したようにいそいそと暖のところに戻ってくると、軽く首を傾けて暖の唇に自身の唇を重ねた。ついばむような一瞬のキスだった。 「愛してる。……帰り気をつけて」  口をあんぐり開けて呆然としている看護師を置いて、靖羽は大股で颯爽と建物の中に消えていく。背の高い白衣の背中を見送りながら、暖はしばらくその場に立ち尽くしていたが、だいぶ遅れて頬がかっと熱くなる。気づけば、噴水の周りにいた人々がざわざわとこちらを見つめていた。  暖は人々の視線から逃げるように、その場を後にした。少しかさかさした、熱い唇の感触がいつまでも唇に残ったままだった。  *** 「いらっしゃい! でもごめんなさい、今日はもう……って、あら、靖羽くんじゃない!」  深夜二時を少し過ぎた頃、ゲイバー「あきら」の扉が開いた。息を切らした靖羽が顔を覗かせて、暖は片付けの手を止めて顔を上げる。 「……もしかして、この時間まで仕事してたの?」 「うん、まあ……患者さんの容態がなかなか落ち着かなくて。今週までにやっておきたい事務作業もあったし、少し残って作業してた」 「そっか……昼間、なんだか大変そうだったもんね」 「ほんと、お医者さんは大変ね! お疲れ様」  横からあきらママが割り込んできて、靖羽をねぎらった。  昼間、病院で別れてからしばらくして、靖羽は「今晩、仕事終わりに迎えにいきます」とメッセージを送ってきた。暖の仕事が終わる二時まで、てっきりどこかで飲んで時間を潰してくるのだろうと思っていたけれど。常習的にこんな長い残業をしているのだろうか。いくら自分より十も若いとはいえ、心配になる。 「片付け、もう少しで終わるから。ちょっと座って待っててもらってもいい?」 「あら暖くん、アフター行くなら上がっちゃっていいわよ。今日は人数もいるし、片付けはこっちに任せて」  ママの言葉に暖が「ではお言葉に甘えて、お先に……」と手に持っていたグラスや皿を流しに持っていきかけたところで、靖羽の声がそれを遮った。 「いや、アフターじゃなくて普通にデートして一緒に帰るだけなんで。仕事全部終わってからでいいよ、暖さん。待ってるから」  靖羽の言葉に、ママを含む店中の店子が靖羽と暖を振り返る。暖は頬が熱くなるのを感じながらも、しどろもどろに言った。 「あ……えっと、その、厳密にはアフターではない、です。……プライベート、というか」 「彼氏なので」  暖の濁した言葉を一刀両断するように靖羽がさらりと言った。  ママはぱちくりと目を瞬かせていたが、やがて満面の笑みがその顔に広がる。 「じゃあなおさらね。暖くん、今すぐ上がってちょうだい。せっかく迎えにきた彼氏を待たせちゃかわいそうよ」  手に持っていたグラスや皿をあっという間に取り上げられ、ロッカーのほうに追いやられる。荷物を取り出すや否や、追い立てられるように二人して店を締め出された。  店の前の路地で靖羽と二人きりになる。見上げると、靖羽と視線が合った。 「……ごめん。素直にアフターってことにしておけばよかったんだろうけど、一緒にされたくなかったから。俺は客としてじゃなく、彼氏としてあんたを迎えに来たから」 「……うん。わかってる」 「それにいま俺、このかわいい人が俺の彼氏なんだぞって、全人類に言いふらして回りたい状態だから」 「全人類はやめて」  やけに神妙な口ぶりで言った靖羽に、暖はくすくすと笑う。  靖羽は腕時計でさっと時間を確認した。 「軽く飲みに行かない? そこの通りの角のとこのバーが気になってて」 「いいけど……あそこのバー、フードメニューがあんまり充実してないんだよね。靖羽、なにかしら食べるでしょ? ……というか、夕ご飯ちゃんと食べたの? この時間まで残業で、ろくに食べてないんじゃないの?」  暖の問いに靖羽の視線が泳ぐ。 「患者さんからの差し入れのお菓子とか、栄養ゼリーとかはちょこちょこ」 「それはごはんとは呼ばない。……まったく、だめだよ。こんなに体が大きいのに、食事もとらずに働き詰めじゃ。医者の不養生を地で行きすぎでしょ」 「……ごめんなさい」 「ごはんが美味しいバーがこの近くにあるから、そこに行こ。……いい?」  靖羽がこくりとうなずいて、暖が半歩先を歩いて先導する形で二人歩き出す。  ふと隣からくすっ、と小さな笑い声が聞こえて、暖は靖羽の表情を窺う。靖羽は端正な顔を綻ばせて微笑んでいた。 「どうしたの、にこにこして」 「……いや、懐かしいなと思って。昔みたいに暖さんに心配されて、世話を焼かれて……懐かしいし、またこうしてあんたといられることがうれしいなって」  靖羽の声は喜びを隠しきれないといったように、平常より少し上ずっていた。その様子がどうしようもなく愛おしい。 「昔とは違うよ」 「え?」  暖は一瞬迷ってから、そっと手を伸ばして靖羽の手を取った。そのまま、恋人繋ぎの形になるように指を絡ませる。 「……ね?」  靖羽を見上げて甘く微笑む。靖羽はどぎまぎした様子で何度かまばたきを繰り返して、そしてふわりと笑った。 「……うん、そうだね」 「あきら」から歩いて数分のところにある暖の行きつけのバーは、金曜夜ということもあってか大勢の人で賑わっていた。  靖羽は「もうこんな時間だし、軽くなにかつまむだけにする」と言っていたものの、やはり腹が減っていたのだろう、結局オムライスを注文していた。  ワインカクテルのグラスを揺らしながら、暖は隣の靖羽をそっと窺う。酒を飲むのもそこそこに、ひたすら真剣にオムライスをすくっては頬張っている。一口が大きくて、わしわしと力強く咀嚼する姿。靖羽が食事をする姿を見るのが好きで、せっせと料理をしていたなと懐かしい気持ちになる。 「靖羽って、ほんとおいしそうに食べるよね」 「え……?」 「ケチャップついてる」  きょとんと顔を上げた靖羽の唇の端の赤い汚れを、暖は親指の腹でそっと拭った。汚れた指をちゅ、と吸うと、酸味のあるトマトの風味を明確に感じられて暖ははっとする。今日はいつもより味覚がはっきりしているような気がした。 「ごめん、食べてばっかで。……暖さんは本当にお酒だけでいいの?」 「うん、お店で果物とかおつまみとか、いろいろちょこちょこ食べてきてるからおなかいっぱい。お酒飲みながら君の食べてる姿眺めてるだけで満足」 「……あんまじっと見られると恥ずかしいって」  ぼそぼそとつぶやきながらも靖羽は再びオムライスを口に運び始める。鼻筋がすっと通った立体的な横顔が、見惚れてしまうほど綺麗だった。 「……ねえ、暖さん」 「なあに?」 「本当にいいの? その……俺の勢いに押されて、折れて仕方なく付き合うことにしたとかだったらどうしようって。急に不安になって、午後じゅうずっとそのこと考えてた」  靖羽はオムライスの皿に視線を落としたままぽつりと言った。ふさふさした黒く濃いまつげが、骨ばった頬に影を落としていた。  あれだけ返答を引っ張ってしまったあとだからこそ、靖羽が心配になってしまうのも無理はないなと思った。十も年下の子をこんなに思い煩わせてしまうなんて。暖の中に罪悪感が広がる。 「……靖羽だけだよ。僕には君しかいない」  暖は赤い液体が揺れるワイングラスを見つめながら言った。 「言ったよね、僕、ずっと一人でいるつもりだったって。君だからこそ、君が本気で告白してくれたからこそ、勇気を出して一緒になってみようと思ったんだ。……まあ、そういう意味では勢いに押されたみたいなとこはあるけど。でも、君以外に誰もいない。君じゃないとだめなんだ」 「暖さんは、いつから俺のこと好きだったの?」  靖羽のまっすぐな問いに、暖はしばらく押し黙って考える。  今でも忘れない。八年前のあのまぶしい夏の日。  桜佳苑の母屋の玄関に佇んでいた、リュックサックを背負いよく日に焼けた背の高い姿。黒目がちの大きな目と目が合った瞬間、全身が痺れるような感覚を覚えた。  単純に、容姿がとても綺麗だと思ったのもある。けれどそれ以上に、言いようのない何か大きな衝撃を感じて、胸のあたりをまっすぐ貫かれるような感じがした。 「……出会ったときから、なんて綺麗な子なんだろうって思ってたよ」 「キスしたいとか、セックスしたいって思ったのはいつからなの?」  靖羽がこちらをじっと見つめていた。そのまっすぐな視線に耐えきれず、暖はついと視線を外して、そしておずおずともう一度視線を合わせる。 「……もう時効だよね?」 「当たり前じゃん。八年前だよ」  もうそんなに経つのか、と改めて感慨深いような思いになる。  それでも、当時のことははっきりと覚えているし、今でも当時の気持ちを鮮やかに思い出すことができる。  生涯胸に密やかに抱いて生きていこうと思っていた、甘く暖かい感情と思い出だった。 「最初からずっと、恋愛的な意味で好きだったよ。利羽さんとのことがなければ、僕から告白してお付き合いを申し込もうって思ってたくらい……それくらい、本気で好きだった。……いずれにせよ、さすがに体の関係は君が高校を卒業するまで待つつもりだったけど」 「……マジか」  靖羽がカウンターに突っ伏すようにして頭を抱える。肘に当たりそうになっているスプーンを暖は皿ごと奥に退避させる。 「引いた? アラサーの男が、ひとまわり近くも下の高校生男子を本気で好きになるなんて。一応言っておくけど、そういう趣味とかじゃなくて、君だったから……」 「わかってる。そうじゃなくて、俺がいろいろ順番間違えてしまったなって。改めて、後悔してただけ」  靖羽が過去にしてしまったことを心から後悔しているようだということは、彼の態度の端々から痛いほどに伝わってきていた。 「一生かけて暖さんのそばで罪を償いたい」と、靖羽は言ってくれた。そのまっすぐな気持ちはとても嬉しいけれど、同時に胸がぞわぞわと騒ぐような強い不安も襲ってくる。  こんなに魅力的な子が、自分のために一生を捧げると言ってくれている。自分と出会わなければもっと他の可能性もあっただろうに、とまた後ろ向きな思考にずぶずぶと嵌まっていってしまう。 「……靖羽こそ、本当に僕でいいの? 僕、もう三十四だよ。もうすぐで三十五になっちゃう。君みたいな華やかな経歴や見た目もないし、こんなぱっとしない中年男をわざわざ選ばなくても、君なら……」 「うるさい。そういうの、もう聞きたくない」  靖羽はあからさまにむすっとした様子で、スプーンいっぱいのオムライスをかきこんで黙々と咀嚼する。 「あんたさ、本当にめちゃくちゃ魅力あるし、かわいいんだよ。ちゃんと自覚して、自分に自信持って、もっと自分を大事にしてほしい。俺はあんたじゃなきゃだめだって、何回言わせるんだよ」 「……ごめん。つい……あと、あとさ……君の子種がもったいないなって思ったりして」 「こだね?」 「君は何もかも本当に完璧だから、すごく優秀な子どもが生まれるんだろうなって。僕じゃ子どもは生んであげられないし」  靖羽は深いため息をついた。 「……だから、俺ゲイだっつってんだろ」  かんかんかん、と大きな音を立てて、靖羽は皿に残ったオムライスをスプーンで一箇所に集める。 「……靖羽、怒ってる?」 「怒ってないよ」  そう言いつつも、靖羽の唇はきゅっと引き結ばれ、視線がうつむいている。靖羽がこの顔をするときは相当機嫌を損ねてしまったときだと、暖は知っていた。  きゅ、と靖羽の半袖シャツの袖を引く。 「靖羽、ごめんね。僕、すぐ不安になってしまって……こんなに綺麗で魅力的な子が僕のことを好きでいてくれてるなんて、恋人でいてくれてるなんて、頭でわかっていてもどうしても信じられなくて……」 「……暖さん」 「これからもきっと、何回も弱音吐いてそのたび君をいらいらさせると思う。けど……できるだけ言わないように、君に迷惑をかけないようにするから。だから……」  暖が言い終わるよりも先に隣から腕が伸びてきて、肩を抱かれた。一気に靖羽の体が近くなる。ちゅ、と髪にキスが落とされた。 「ごめん。俺こそ、つい大人げない態度取っちゃって。……あんたが不安になったら、何度でも安心させるって言ったばっかなのに」 「いや……靖羽はなんにも悪くないよ」  優しく肩を抱き寄せてくれる靖羽の肩に、恐る恐る頭の重みをあずけてみる。靖羽の少し高い体温がじわりと伝わってきて、すうっと心が凪いでいく。 「年齢も過去も関係ない。あんたは俺の唯一で、一番だ。今も昔も、そしてこれからも」  一つ一つの言葉を噛みしめるように伝えられて、ぽんぽんと肩を優しく叩かれる。  こんなに幸せで、こんなに愛されていていいのだろうか。怖い気持ちはあるけれど、それでも靖羽の優しい声と体温に包まれて、暖は強張っていた体の力がふっと抜けるような心地だった。 「……すごくおいしかった。お酒もごはんも」 「でしょ?」 「さすが暖さんの行きつけだね」  数ショットの酒を飲んで、いい頃合いで店を出た。さっと腕時計を確認すると、時刻は三時を少し過ぎたところだった。夜職の暖はまだまだ活動時間ではあるが、朝から働いている靖羽はきっともう疲れてきているだろう。  ごく自然な動きで靖羽がするりと手を繋いでくる。酒のせいか、ほんのり火照って汗ばんだ靖羽の手が愛おしい。指を絡め返しながら、暖は靖羽を見上げた。 「靖羽、初台だよね?」 「うん。ギリ歩けなくもないけど、タクシー拾おうかな。この時間だし、酔ってるし。暖さんもタクシーでしょ、このまま大通り出て……」 「靖羽」  暖はぴたりと立ち止まる。繋いだままの手に引っ張られる形になり、靖羽がつられて立ち止まり驚いたようにこちらを振り返る。元からくりくりとして大きな目が驚きのためにさらに大きく見開かれて、眼球がこぼれ落ちてしまうのではないか、などと考える。 「暖さん……どうしたの?」 「今日金曜日だから、明日お休みだよね?」 「そう……だけど」 「……まだまだ離れたくない。一緒にいたい」 「……暖、さ……」 「ねえ……うち、こない?」  甘く囁いて、繋いだ手をきゅっと握り込む。靖羽は二回ゆっくりとまばたきをして、口を開いた。 「……いいの?」  暖はこくりとうなずいて、微笑んだ。繋いだ靖羽の手がじんわりと熱く、湿っていた。  大通りに出てタクシーを拾い、暖のマンションまで向かった。タクシーの中でも、部屋まで向かうエレベーターの中でも、ただ互いに手を繋いでいるだけで会話は少なかった。  部屋の中に入って扉を閉めた瞬間、靖羽が覆いかぶさってきて、ぎゅうっときつく抱きしめられた。長い腕でしっかりと腕の中に閉じ込められて、暖は肩で浅く喘ぐように呼吸をした。 「やっと、やっと……恋人になれた。暖さん……俺の、暖さん、」 「靖羽……、っ、ぁ……っ」  首筋に唐突に鼻を寄せられ、すんすんと匂いを嗅がれたあと、熱い唇を押し付けられる。熱い吐息ややわらかい粘膜の感触にぞくりと体が震え、体の深いところにとろりと淡い熱が灯る。 「待って……汗かいたから……絶対くさい、」 「ん……暖さんのにおい……大好き、すっげえ興奮する……」  靖羽の呼吸が浅く乱れていて、彼の興奮の気配が痛いほどに伝わってくる。欲情する姿をこんなに素直に見せてくれることが嬉しくて、その熱に当てられたように暖の興奮もまた高まっていく。 「靖羽……こっち見て、」  靖羽の顔を上げさせ、暖は靖羽の唇にむしゃぶりつくようにして口づけた。靖羽の熱い口内ににゅるりと舌を侵入させると、張り合うように舌を絡め返してくれるのが愛おしい。玄関の壁にとん、と靖羽の背中がついて、そのまま靖羽を壁に縫い付けるようにして深く深く口づける。呼吸を奪うように角度を変えながら何度も舌を吸うと、靖羽が呼吸の間に浅く喘ぐ。そのかすれた声が、熱い吐息が、体をまさぐってくる熱っぽい靖羽の手つきが、暖の体の奥の熱をただただ増幅させていく。 「……っ、ぁ……っ」 「……ふふ、ガン勃ち」  下半身を探られる刺激に靖羽が小さく喘ぐ。そこはチノパンの厚い布越しでもわかるくらいにすでに硬く張り詰め、熱を持っていた。 「っ、あんただって……」 「……ぁ……っ、ね、勃っちゃうよね……、ふふ……」  靖羽の大きな手が暖の股の間を探り、ジーンズ越しに包むこむようにやわやわと揉まれる。興奮が高まりすぎて、あろうことかその刺激だけで危うく達してしまいそうになる。靖羽の手をそっと制して、暖は靖羽の濡れた黒い瞳と視線を絡める。 「は……っ、玄関でするの……?」 「っ、んなわけないだろ……っ、ほら、靴脱いで」 「ぅ……勃ちすぎて……歩くと痛い……」 「抱っこする?」 「やだよ、恥ずかしい……」  息を乱して軽口を叩きながら、もつれ合うようにして玄関を抜けてリビングに入る。戸惑っている靖羽の手を引いて寝室まで連れていき、二人絡み合いながらベッドに倒れ込む。 「ま……待って、暖さん、俺今めちゃくちゃ汚いと思う、布団汚れちゃうかも。先にシャワーを……」 「そんな待てない」  シャワーを浴びる時間も惜しかった。片時も靖羽の熱から離れたくなかった。今すぐ靖羽と繋がりたかった。上背のある靖羽の体を布団の上に縫い付けて、暖は上から馬乗りになってキスをする。靖羽の唾液をすべて奪うように強く舌を吸い上げつつ、靖羽のシャツを首までたくし上げて胸元を暴く。張りのある筋肉に覆われた上半身が露わになり、暖はため息をつきながら両手で包み込むようにその素肌に触れる。 「すごい……」 「揉み方、」  まるで女性の乳房に対してするように、両手のひらで靖羽の胸をわしわしと揉む暖に靖羽が苦笑する。盛り上がった胸の先の突起を指で転がし、そして上体をかがませてそれを口に含む。濡れた舌先でちろちろと繊細な刺激を与えながら、片手で靖羽の下半身をチノパン越しにごそごそと探る。 「暖さん、あの……」 「んー……?」 「俺実は……乳首はそんなに感じないというか、せいぜいくすぐったいくらいで」 「ん……じゃあ……開発しなきゃね」 「なんで……?」 「こんなにかわいいのにもったいないもん」  解せない表情をしている靖羽を押さえつけて、暖は唇全体を使って乳嘴(にゅうし)を吸い続ける。  乳輪部分が小さく、いつもぷっくりと存在を主張している靖羽のそこが暖は好きだった。触りたいし、ずっと吸っていたい。感じないというなら、快楽を拾うまでそこを愛でて花開かせたかった。恋人として、何度も体を重ねて。 「ふふ……あきらめなさい。僕の彼氏になったんだから。じっくり開発して、そのうち乳首吸われないとイけないくらいにしてやる」 「なにそれ。……でも、悪くないかも。あんた好みの体に変えられるの。あんたの男になるって感じがする」  横たわったまま、こちらを見て靖羽はふっと微笑んだ。欲情の気配を隠さないその艶然とした笑みに、思わず暖は見とれてしまう。その隙を見て靖羽が突如として起き上がり、暖の肩を掴んでベッドの上に押し倒す。 「わ……っ」  完全に上下の形勢が逆転し身じろぐ暖のシャツのボタンを、靖羽は上から一つ一つ外していく。あっという間に裸の上半身が靖羽の前に晒される。羞恥心もあって肌を隠そうとした手をそっとどかされて、靖羽の指先が暖の乳輪をなぞるように触れた。 「……っ、あっ、」  中心がへこんだそこを指先で優しく刺激されると、腰のあたりに微弱な電波のような甘い快感が走って、あっという間に小さな乳首がぷくりと硬く突出してくる。 「出てきた、かわいい」  靖羽は嬉しそうに囁いて、指先で転がすように両の乳嘴に優しく刺激を与えてくる。爪の先でごく軽くひっかくように刺激されたかと思えば、指の腹でぎゅうっと優しく押しつぶされる。甘くため息をついて仰け反った暖に、靖羽はくすくすと低く笑う。 「腰揺れてる。乳首、好き?」 「っ、うん……すき……」 「かわいい。……俺もそのうちこんなふうになっちゃうのかな」 「ふふ……なるよ」 「すごい自信満々。……ほんと、かわいい。大好き」  かすれた声でささやいて、靖羽が暖の右の乳首にちゅ、と唇を寄せる。上下の唇で挟むようにして何度かむにゅむにゅと柔らかく刺激されたあと、熱く濡れた舌先で押しつぶすようにねぶられる。緩急をつけた器用な舌使いに背筋が甘くぞくぞくと震えて、もぞもぞと腰が勝手に動いてしまう。靖羽の後頭部に触れて、硬くしっかりとした髪にそっと指を絡ませると、靖羽が乳首に吸い付いたままじっと視線だけをこちらに向けてくる。くりっとした大きな瞳がぱちりと一度まばたきして、そしてふっと微笑むように細められ、再び伏せられる。靖羽がまるで赤子のように自分の乳首を懸命に吸っている姿が愛おしくて、くらりと甘いめまいがする。 「靖羽……、っ、ぁ……」 「すごい骨。ここ……肋骨とか、一本一本数えられちゃう」  胸にくっきりと浮いたあばらの骨を、靖羽の硬い指先がなぞる。乳首への刺激で敏感になっている体はそれすらも快感として拾ってしまい、暖はぴくりと体を震わせる。 「……っ、気持ち悪い?」 「なわけないだろ。ただ……昔と比べるとずいぶん痩せたから、すごく心配で」 「お酒飲むせいで食べる量が減ったからだと思う。味もわからないから、あんまり食べなくなって」  暖の返答を聞いて、靖羽がふと顔を上げてこちらを見つめてくる。痛いのを我慢しているような、どこか苦しそうな顔だった。 「……靖羽、」  上から靖羽が覆いかぶさってきて、体を抱きしめられる。ちゅ、と唇にそっと触れるだけのキスをされる。 「あんたは、絶対よくなる。また元通り味もわかるようになる。俺がずっと、大事にするから」  黒目がちの目と至近距離で視線が合う。昔から変わらない、まっすぐで誠実な視線に胸の奥がきゅ、と疼く。 「……靖羽の言葉は、やっぱり説得力があるよね。自信とかパワーとか、いろんなポジティブな力をもらえる。……ほんとに、ありがとね」  今度は暖から唇を重ねる。軽く口を開けて舌を突き出すと、靖羽がぬるりと舌を絡めてくる。唾液をいっぱいに絡めて、熱い粘膜同士をねっとりと触れ合わせる。それだけで、頭がぼんやり霞がかるほどに気持ちいい。 「は……っ、ん、は……っ、やす、は……っ、ぁ、あっ」  靖羽の手が暖の下半身を探り、暖は濃厚なキスの合間に小さく喘いだ。硬さや熱を確かめるようにジーンズ越しに何度か柔らかく揉まれる。もっと、と暖が腰を前に突き出すように揺らしたのをうけて、靖羽は暖のベルトを外し、ジーンズの前を開けていく。 「ちょっとおしり上げて」  腰を浮かせると、靖羽が一気に腿までジーンズをずり下げ、それぞれの脚から丁寧に取り払ってくれる。 「今日ブリーフだ」 「ん……細めのジーンズ履いてたから」 「かわいい」 「……っ、ぁ……っ」  黒のブリーフの上から靖羽が暖の性器を握り込んでくる。キスや乳首への刺激でそこはすでに完全に勃ち上がっており、布越しに刺激されるだけで今にも暴発しそうだった。  靖羽が下着に手をかけて、そっと下にずり下げる。腹につくほどに硬く立ち上がった性器が露わになり、靖羽の視線が釘付けになる。ぎらぎらと欲情を隠さないその目つきが愛おしい。自分の体に欲情してくれているというその事実が、嬉しくてたまらない。 「……ぁ……ん、ぁ……っ」  靖羽の大きな手が暖の陰茎を包み込み、一定のリズムで上下にしごいてくれる。愛おしい靖羽の手で与えられている刺激だと思うと、どうしようもなく興奮して今すぐにも果ててしまいそうだった。 「暖さん、」 「ぁ……っ、なに……?」 「その……しゃぶっていい?」  靖羽がためらいがちにこちらを見下ろしてくる。 「だ……だめ、汚い、」 「汚くない」  抵抗する暖の手を押しのけつつ、靖羽は下着を完全に取り払い、暖の股間に顔をうずめる。すん、と陰茎に鼻を寄せられて、羞恥で焼ききれそうになる。 「ん……暖さんのにおい……」 「ぅ……マジでやめて……!」  根元から先端まですんすんと鼻を寄せたあと、靖羽はぱくりと口を開いて暖の亀頭を口の中に導き入れる。靖羽の熱い口の粘膜に敏感な部分をとろりと包みこまれて、ぞくりと背筋が震える。やがて靖羽が上下に頭を動かして口全体で竿を刺激し始めると、あまりの快感に腰が浮いてしまう。 「……ん……っ、ん、……っ」 「ぁ……っ、は……、靖羽……っ、口、あっつ……、っ、きもち、い……」  直接的な刺激はもちろん、靖羽が口でしてくれているという事実が暖をどうしようもなく興奮させる。端正な顔を伏せて、顔周りの髪を時折うるさそうによけながら、口いっぱいに性器を受け入れている靖羽の姿が愛おしい。 「ぁ、ぁ……っ、待って……っ、靖羽、待って……やばい、かも……っ」 「っ、んー……?」 「っ、ぁ……だめ、とまって、あ、あ……っ、だめ……っ」  急速に射精感がこみ上げてきて暖は身をよじって抵抗するが、靖羽は頑として暖の陰茎を口から吐き出さない。むしろより奥まで咥え込まれ、靖羽の喉の熱い襞の感触を亀頭の先で感じたところで、こらえきれず暖の欲望が爆ぜる。射精の強烈な快楽にがくがくと震える暖の腰を抱き込みながら、靖羽は精液を大量にほとばしらせる暖の性器を口で柔らかく包みこんでくれる。 「……っ……、ぅ……く、ッ、は……ぁッ」  まるで一滴も逃さないとでもいうように、靖羽は先端を咥えたまま根元から上に向かって暖の陰茎を手で絞り上げる。数回繰り返され、そのたびに暖は小さく喘いで体を震わせる。くったりと萎んだ陰茎が靖羽の口の中から抜けていくと、暖はすかさずベッドサイドボードに手を伸ばしてティッシュを箱ごと掴んだ。 「……っ、ごめん……! 我慢できなかった……ティッシュに出して、」  ゆっくりと顔を上げた靖羽が、無言でこちらを見上げてくる。濡れた唇はきゅっとすぼめられたままで、まだ精液が口の中に残っているのは明らかだった。羞恥心と焦燥感で暖は慌ててティッシュを箱から数回引き抜き、靖羽の口元のすぐ下に差し出した。 「ほら……ぺっ、して」  暖をじっとまっすぐ見上げたままの靖羽の黒い瞳がいたずらっぽく細められる。もごもごと動く口元に、まさか、と嫌な予感がする。暖が制止の言葉を発するよりも早く、靖羽のくっきりと張り出した喉仏が数回生々しく上下する。軽く舌先を突き出してにやりと微笑んだ靖羽に、暖は頭を抱えた。 「ど、どうして飲んだの……!」 「飲みたかったから」 「意味がわからない。こんな不味くて汚いもの……」 「今まで飲んだことなかった。自分のも、誰かのも。でも、これを飲んだら暖さんが俺の体に入ってくるんだって思ったら、なんか……飲んでみたくなった」  そう言って靖羽は胃のあたりをそっと手で押さえる。そのいじらしい仕草に暖はくらくらと視界が揺れるような強いめまいを感じる。 「なんなんだよそれ……もう……靖羽……」  せめてもの気休めにと、暖はティッシュで靖羽の濡れた口元をそっと拭う。されるがままにただじっとしているその姿が愛おしく、いてもたってもいられなくなる。 「うーっ……かわいい……靖羽、」  手を伸ばして、上背のあるその体を力強く抱き寄せる。精飲したばかりというのにも構わず、衝動に任せて唇を重ねる。 「……うわ、ひっどい味」 「そう? 俺は意外とすんなり飲めたというか、暖さんの味だなって感じだったけど」 「……っ、もうやめて……」  羞恥のあまり縮こまる暖を、靖羽はくすくすと笑いながら再び押し倒す。頑なに閉じた脚の間を割り開くように、靖羽の長い指が入り込んでくる。秘められた後ろの蕾にその指先がそっと触れた瞬間、暖の体が反射的にびくりと震える。 「……あれ、もう結構やらかい、」 「……少し準備してきた、から」  今日こそは靖羽と体を重ねたくて、トイレに立ったときに中を洗浄しできる範囲で広げておいた。オイルでふっくらと柔らかく潤った蕾の表面の襞をそっとなぞられて、くすぐったさと羞恥に暖は身をよじって小さく喘いだ。 「で……でも、まだもう少し広げないと、君のは入らない、かも……」 「もちろん、わかってる。ローションどこ?」 「そこの引き出しの、二段目……」  暖が指し示したベッドサイドボードに手を伸ばして、靖羽がローションのボトルを取り出す。中身をたっぷりと手のひらに取って、暖の後ろの窄まりに少しずつ塗りつけていく。無骨な靖羽の指が穴の周辺を柔らかく揉み広げ、ごく浅いところをつぷつぷと少しずつ探る感覚がもどかしい。 「……ぅ、ん……っ、」 「暖さん、もう少し足開ける?」  優しく囁かれて、暖は羞恥心をこらえて足を少し開き、後ろに靖羽の指が届きやすいように軽く両膝を立てる。秘められたところを露出する恥ずかしさはもちろんあったけれど、靖羽に触ってもらいたいという気持ちが勝っていた。 「……上手、」 「……っ、ぁ……ぅ、っ」  関節が張り出した靖羽の指がつぷり、とゆっくり中に入ってきて、異物感で暖は肩で喘ぐ。そのまま中を優しくかき混ぜるようにゆるゆると指を動かされ、肉襞の一つ一つを広げるように指の腹でじわじわと中を広げられる。指の腹を使って上下左右にとんとんと圧迫するような刺激がたまらなくて、射精直後だというのにあっという間に熱が再び下半身に宿っていく。仙骨側の腸壁をぎゅう、と押し広げられ、無意識に粘膜がずるずると蠕動して靖羽の指を締めつけてしまう。 「ふふ……かわいい、ちゅうちゅう吸い付いてくる」 「……っ、な……なんか、へんな感じ、」 「へん?」 「こんなに……っ、じっくり優しくほぐしてもらうの、はじめてで……いつも、一人で準備してたから……」  屋敷で利羽としていたときも、客に抱かれるときも、暖はいつも行為に及ぶ前に事前に一人で後ろの準備をしていた。性急に挿入したがる彼らは前戯らしい前戯をほとんどしないため、そうしないと暖の体が傷ついてしまうからだ。  こうしてベッドの上でゆったりと会話をしながら、睦言を囁き合いながら、愛おしい靖羽の手で優しく少しずつ少しずつ体を開かされる。  セックスとは、こんなに温かくて、せつなくて、心までいっぱいに満たされるものだったのか。  心も体も一方的にどろどろに融かされていくような感覚がむず痒くて、気恥ずかしくて、そして怖い。けれど、目の前の若い恋人から与えられる優しい愛撫とぬくもりが心地よくて、泣きたくなるくらい幸せだった。  ベッドの上に投げ出されていた暖の右手を取って、その甲の部分に靖羽はキスを落とす。 「これからはずっとこうする。こうして俺が大事に暖さんの体を開いて、ぐずぐずに甘やかして、暖さんが気持ちいいことだけする」 「……っ、ぁ、ぁ……でも、こんな……怖い……っ、おかしくなりそ……、っ、ぁ、あ!」  いつの間にか二本に増やされた指が、腹側のふっくらと張り出した一部分をきゅ、と軽く圧迫する。途端、全身に電流のような快感が駆け抜けて暖の体がびくり、と大きく震える。 「痛くない?」 「いた……く、ない……けど、ぁ……ぁ、あ、すご……いっ」  痛みがないか暖の様子を確認しながら、靖羽は二本の指の腹でとんとんと叩くように何度もそこを圧迫してくる。  これまでの性経験から、そこを刺激されたら自分は気持ちよくなることは暖も知っていた。けれど、こうやって執拗にそこだけを狙ってねっとりと攻められるのは初めてで、あまりの快感に頭に白い靄がかかる。 「ぅ……っ、ぁ、あぁー……っ、ぁっ、それだめ……」 「……中、すっげえひくひくしてる。気持ちいいね、暖さん」  とんとんと叩くようなリズムから一変して、張り出した前立腺をぎゅうう、と強く押し込まれる。竿の奥の奥の下腹部が甘く疼くような感覚に、暖の背中が寝具から浮いて弓なりになる。乱暴なセックスと違って痛みが一切ない分、純粋な快感が波のように激しく押し寄せてきて意識が飛びそうになる。 「ぁ……ぁっ、あッ、ぁ……ッ、なに、これ……ッ」 「これ気持ちいい……?」  強く押し込まれたまま、今度は小刻みにゆらゆらと前立腺を揺らすように刺激される。竿の付け根の奥のあたりから生まれた強烈な快感が下半身全体にじわりと広がっていき、暖は肩で必死に喘ぎながら悶絶する。  激しく抜き差ししているわけでもなければ、性器へ同時に刺激を与えられているわけでもない。それなのに、意識が飛びそうになるほどこんなに気持ちがいい。どうして自分の敏感なところにこんなにピンポイントで触れてくるのだろう。やはり人体の構造を知り尽くした医者だからこそなせる技なのだろうか、となどとよくわからないことを快楽で霞む頭の片隅で考える。 「……ぁ、ぁあぁ、っ、靖羽、やすは……ッ、くる……っ、なんか、くる……ぅ、っ」 「うん……大丈夫、力抜いて……」  かすれた声で靖羽に優しく囁かれたのをきっかけに、刺激されている前立腺のあたりからじわりと強烈な快感が爆ぜる。全身ががくがくと痙攣し、内腿が震えて閉じられなくなる。息もできないほどの快感に、全身を包まれる。  これまでに経験したどのドライオーガズムよりも深く、全身に余韻が残る絶頂だった。 「ぁ……、っ、は……っ、はぁ……ッ、」 「かわいい……暖さん、ドライでイけたね。……ほんと、かわいい……」  靖羽が嬉しくて仕方ないといったように、端正な顔をとろりと緩ませて微笑む。欲情の気配を隠さないぎらぎらとした目に見つめられて、ぞくりと暖の背筋が甘く疼く。  おもむろに靖羽がローションのボトルを掴み、穴の周りに追加のローションをたっぷりと垂らす。荒い呼吸を繰り返しながら絶頂の余韻に浸っていた暖だったが、靖羽の指が再びとんとんと敏感な前立腺を刺激し始めて、震える手でなんとかそれを制する。 「っ、ぁ……ッ、まって、待って! それ、もういい……」 「どうして?」 「……っ、だって……」  このまま前立腺だけを集中的に愛撫されたら、絶頂の繰り返しで体がおかしくなりそうだというのもあった。  けれど、一番は。  靖羽の肉棒で早く中を貫かれたかった。中を靖羽の熱で満たされて、粘膜同士で深く繋がり合いたかった。  暖は絶頂の余韻でがくがくと震える腕でなんとか上体を支えて起こし、手を伸ばして靖羽の下半身を探る。しかし、熱く硬く張り詰めた感覚を期待して触れたチノパンの生地は、先ほど玄関で触れたときよりもずっと柔らかくふにふにと手応えがなかった。 「え……?」 「ち……違う、暖さん、違うんだ……、あっ、ちょっと……!」  抵抗する靖羽を押さえつけつつ、ベルトを緩めてチノパンを下着ごとずり下げる。  露わになった靖羽の股間にあるものは、ゆるく芯を持ってはいるものの勃起というには程遠く、力なく下を向いてそこにぶら下がっていた。 「なんで……?」 「……これは、」 「もしかして、僕がみっともない姿見せたから……? だから、萎えちゃったの?」 「違う!」  ざっと血の気が引き、震える声で言った暖に靖羽がすかさず叫ぶ。靖羽はしばらくためらって視線をおろおろさせていたが、やがて言った。 「怖くて……」 「え?」 「……改めて恋人としてちゃんとあんたを抱くって考えたら……昔みたいにまた傷つけたりしないか、怖い思いをさせたりしないか、大事に優しく抱けるか、って……なんか急に怖くなっちゃって」 「靖羽……」 「っ、あんたのせいじゃない。あんたが気持ちよくなるのを見てるだけで、俺、本当に嬉しくて、幸せで……さっきまでちゃんと勃ってた。けど……そろそろ入れるって思ったら急に怖くなって……暖さん、ごめ……っ」  ごめんなさい、と謝罪の言葉を紡ごうとしたその唇を、暖はキスでそっと塞ぐ。首に腕を回して、硬めのしっかりとした髪質の髪を優しく撫でながらとろりと舌を吸う。口づけの合間に感じる靖羽の吐息が少しだけ震えているような気がした。  唇を離して、正面から靖羽の瞳を捉える。黒目がちのぱっちりした二重まぶたのその目は、いつもよりうるんで揺らいでいるように見えた。 「靖羽、脱いで」 「……え?」 「Tシャツ、脱いで。……ほら、バンザイ」  戸惑っている靖羽の腕を上げさせて、Tシャツを剥ぎ取る。内側からぱんと張り出すような、しなやかな筋肉に覆われた裸の上半身が露わになる。暖もまた、半端に腕に引っかかっていた自身の脱ぎかけのシャツを脱ぎ捨て裸になると、靖羽を改めて正面から抱きしめる。そのまま、柔らかい掛け布団の上に二人で倒れ込む。 「だん、さん……?」  戸惑った靖羽の目が至近距離でこちらを見つめてくる。暖は身じろぎして、ぴったりと重なり合った裸の胸同士をさらに密着させる。 「靖羽、僕の鼓動わかる?」 「……うん」 「君に欲情して、君が好きでどうしようもなくて……こんなに興奮して、速くなってる」  横たわったまま、靖羽の髪を優しく撫でる。側頭部から耳、そして骨ばった輪郭を手のひらで優しく包み、ふっと微笑んだ。 「……大丈夫、なんにも怖いことなんかないよ。僕はね、大好きな君に求められることが嬉しい。君にされることなら、なんでも受け入れたい。……それに、君が僕を傷つけようとして傷つけることはもうないって、ちゃんとわかっているしね」 「……暖さん」 「ふふ……でも、こうして肌を触れ合わせてくっついてるだけでも、僕すごく満たされるんだ。靖羽の体温とか肌の感じ、すごく気持ちよくて……だから、無理しなくていい。……でも、」  暖は靖羽の下半身に手を伸ばし、力を失ったままのその性器に触れる。ごく優しく握り込みながら、ふにふにと皮の部分で遊ぶように軽く上下にしごいて刺激を与える。靖羽の恍惚のため息が至近距離で唇にかかり、暖はくすっと微笑んだ。 「でも、これで中をめちゃくちゃにされたい気持ちは正直、ちゃんとある。おなかの中を君の熱でいっぱいに満たされて、体の一番深いところで君と繋がって……君の体温をもっと感じたいっていう思いはちゃんとあるよ」 「……っ、ぁ……」  皮を握り込んで敏感な亀頭に優しく刺激を与えると、靖羽が小さく喘ぐ。ちゅ、ちゅ、と小鳥がついばむようなキスを数回繰り返して、鼻同士がくっつくほどの至近距離で暖は囁くように言葉を紡ぐ。 「怖さを感じてしまうくらい、僕のことを大事に扱おうとしてくれたんだね。優しくて、かわいい、僕の靖羽……」  軽く唇を突き出して、ちゅ、と再び軽いキスをする。そしてその唇で、そっと囁く。 「……大好き。愛してるよ、靖羽」  途端、はっと靖羽の瞳が見開かれ、そしてみるみるうちに潤んでいく。感情を溢れさせまいと、靖羽が数回まばたきを繰り返す。少し濡れたまつげを上げて、靖羽はくしゃりと微笑んだ。 「俺のほうが好きだし。あんたのこと」 「どういう張り合いなの、それ」 「ほんと、やべえ……幸せすぎて。俺、明日死ぬのかな」 「……死なない。死なないよ。冗談でもそういうこと言わないで」  両親や(はじめ)のように靖羽を失ったら、と想像するだけで怖くて、みっともなく声が震える。靖羽ははっとした様子で口をつぐんで、そして「ごめん」と口づけてくる。軽く触れるようなキスを何度も繰り返していくうちに、深く舌を吸い合う濃厚なキスへと進んでいく。裸の体をぴったりと触れ合わせてするディープキスは、靖羽の体温や存在をより近く感じるせいか、腰が震えるほどに気持ちがよかった。互いの首をかき抱きながら唾液まみれになって舌を絡め合い、やがて息がもたなくなって唇が離れると、靖羽がとろんとした顔で下半身をもぞもぞさせる。 「……ちょっと復活してきたかも」 「ほんと? ……あ、ほんとだ、ちょっと硬くなってる。……ふふ、キスで勃つのかわい」 「あ、あんただって人のこと言えないだろ! ……ん……っ、それ、気持ちいい」  竿の部分を上下にしごきながら、先走りの液体が滲んだ先端部分を軽く指でこすり始めたところで靖羽が甘いため息を漏らす。 「もうちょっと触ってもらえたら、完全復活できそう……」 「口でしようか?」 「ううん、このままでいい……顔見てたいから」  いつになく甘えたな靖羽が愛おしい。暖は両手を靖羽の下半身に伸ばし、玉から竿の先端までをまんべんなく刺激しながら靖羽に微笑みかける。 「靖羽でもあるんだね、いろいろ考えちゃって勃たなくなること」 「ん……っ、あんたのことになると、ほんとにいろいろ考えちゃう。あと……っ、今日あんま酔ってないのもあるかも」 「普通逆だけどね。酔ってるほうが勃たなくなるじゃん? 普通」 「ちがう……そうじゃなくて、酔ってるとあんまり細かいこと心配しなくなるから……考えすぎて萎えやすくなるのは、シラフのとき、なんだと思う……」  至近距離で向かい合いながら、ゆるゆると会話を交わす。陰茎への刺激にとろりと表情を緩ませた靖羽がゆっくりと話すのが愛おしい。 「靖羽、もしかしてちょっと眠い?」 「……ちょっとじゃなくて、わりと結構眠い……暖さんの手コキきもちよくて……」 「早起きして深夜まで残業してたんだもんね……今日、というか昨日、何時に起きたの?」 「ろくじはん……」 「どうりで眠いわけだ。……いい具合に勃ってきたけど、無理しなくていいよ。今日はこのまま泊まっていっていいから……」 「やだ」  ぼんやりとした声で、しかしはっきりと言い張った靖羽がむくりと体を起こす。勃ち具合を確かめるように何度か自身の陰茎を上下にしごきながら、暖の上にのしかかってくる。 「暖さん……いれていい?」 「いいけど……というか僕はむしろしたいけど……大丈夫? いろいろしんどくない?」 「んーん……暖さんの中入りたい……」  甘えた声でささやきながら、靖羽がベッドサイドボードを探ってスキンを箱ごと取り出す。歯を使って荒々しくスキンの個包装を破り開ける余裕のない姿に暖の胸がきゅ、と騒ぐ。 「……こないだも思ったけど、これ……ちょっと俺にはサイズ小さいかも」 「靖羽、おっきいもんね……大きいサイズ、買わなきゃね……、っ、ぁ、ん……っ」 「暖さん、痛かったり苦しかったりしたらすぐ言ってね」  暖のすっかりほどけた後ろの蕾にローションをたっぷりと足して、亀頭部分を穴の周りにぬるぬるとこすりつけながら靖羽が余裕のない低音でささやく。これから靖羽が体の中に侵入してくるのだと思うと、期待のあまり乞うように自然と腰が揺れてしまう。 「わかった……から、早く……早くきて……っ、ぁ、あ、ぁああぁ……っ!」 「っ、あったかい……」  指とはまったく比べ物にならないほどの、ずっしりと重量のある熱い肉棒が狭い中を割り開いて侵入してくる。下腹部がみっちりと満たされる圧迫感が少し苦しくはあるけれど、靖羽がじっくりと時間をかけて中を慣らしてくれたおかげで痛みはほとんどなかった。 「は……っ、だんさん、痛くない……?」 「……っ、はじ、めて……」 「え?」 「初めて、だよ。恋人と……するの……、はじめて……っ、こんなに大事に抱かれるの……はじ、めて……っ」 「……っ、暖さん」  切れ切れに紡がれた暖の言葉に、靖羽がくしゃりとどこか泣き出しそうな顔で微笑む。上体を前傾させて、手のひらで暖の頬を優しく包み込みながら、靖羽はごく浅いストロークでゆっくりと腰を振り始める。 「ぁ……ぁ、あッ、ぁ、ぁあぁ……っ」 「俺も……っ、はじめてだよ……恋人とセックスするの。暖さんのために……っ、とっといたんだもん、俺のはじめて」  奥まで挿入せず、浅いところでとちゅ、とちゅ、と抜き差しされる。張り出した靖羽のカリの部分がちょうど前立腺のあたりを何度もかすめ、骨盤のあたりから生まれて全身にじわじわと広がる快感に暖は身悶えして甘く喘ぐ。 「……っ、やす、は……ッ、きす、キス……したい……っ」  腕を伸ばしてねだれば、靖羽は端正な顔を微笑みでふわりと緩めて望み通りキスをくれる。互いの荒い吐息が混じり合い、濡れた舌がぬるぬると絡み合う。その間にも浅くリズミカルなピストンで前立腺をとんとんと甘く突き上げられ、下半身に集まった熱が行き場をなくして増幅し始める。  靖羽のカリの部分がごり、と敏感な部分に引っかかるように擦れたとき、竿の奥の奥、下腹部の深いところでついに小さく熱が弾けた。 「……ぁ……ッ、……っ、ッ、ぁ……っ」 「……っ、くそ……っ、暖さん、締めすぎ……!」  浅い絶頂の波が何度も押し寄せ、全身ががくがくと震える。射精を伴わず、体内に宿った熱が永遠に体の中でぐるぐると巡るような強烈な快感に、このままどうにかなってしまうのではないかという恐怖感すら覚える。  絶頂に伴って中が強く収縮し、靖羽の肉棒を強く食いしめているのを感じる。射精感をやり過ごしているのだろう、額に汗を浮かべて食いしばった歯の間からふうふうと必死に呼吸しながらも、靖羽は腰の動きを止めずに震える腸壁を擦り上げてくる。速すぎず遅すぎず、一定のテンポでピストン刺激を与えられて、一度押し寄せた絶頂の波が引くことなく何度も暖を襲う。 「っ、ぁ、ッ、ッ、ぁあああッ、ず……っとイってる……とま……ない……とまんない……ぃっ」 「中、すっごいよ……ずるっずる動いてる、」  長い長い絶頂の快感に、暖の背中が浮いて弓なりにしなる。その隙間を埋めるように、靖羽が荒々しく枕を掴んで暖の腰の下にすっと差し入れる。 「ぁ……あっ、待って……なんか、へんな感じ……っ」 「へん? 痛い?」 「あ、ぁあ……っ、ぁ、いたく、ない……けど……っ、すごい……当たる……っ」 「……ここ? 暖さんの好きなとこ?」  靖羽がくすっと妖しく笑って、暖の痩せた青白い下腹部をとんとん、と指差す。  枕が敷かれて腰の高さが上がったことで、靖羽の陰茎がより突き上げるような形で入ってきて、敏感な前立腺に面した腸壁にダイレクトに亀頭部分が当たる。ごりごりと強く押しつぶすような圧迫感がありつつも、ピストンは激しすぎない一定のリズムで打ち込まれており、痛みはない。むしろ、それにより純粋な快楽を余計に強く感じることになり、暖は呼吸も忘れて途切れ途切れに細い嬌声をあげる。 「は……っ、暖さん、少し脚閉じてみて、」  靖羽の言葉通り、震える内腿に力を入れて脚を閉じる。ぴったりとくっついた二本の脚を靖羽が抱え、暖の腹にくっつけるような形で軽く押し倒したところで、腰の奥にずんずんと深く響くような大きな快感が襲ってくる。 「……っ、ぁ、ぁあぁ、ぁあぁぁー……っ」 「ふふ……っ、かわい……気持ちいい?」  意識が遠くなるほどの強い快感、それと一緒に大波のように急速に押し寄せてくるこの感覚。  射精に限りなく似ているけれど、射精というよりは排尿に近い。  これは。 「ぁ……ぁあぁあ、っ、靖羽、やすは……っ、だめ、っ、でる……、出るぅ……っ!」 「ん……、いいよ、イくとこみせて……」 「ぁ、あぁぁあ、っ、ぁっ、ちがう……そ……じゃな、くて……!」  伸びてきた靖羽の指が胸の突起をきゅ、と甘くつまんだところで、限界が訪れる。  ぴんと張り詰めた暖の陰茎の先端から、ちょろ、と少量の液体がこぼれる。それは白く濁ってはおらず、透明なさらさらとした液体だった。 「……え……っ、」  呆然とした靖羽の表情が視界に入り、一気に羞恥心がこみ上げる。腰のあたりにぐっと力を入れて止めようとするが、一度決壊したそれは堰を切ったように止まらず、どんどん勢いを増してばしゃばしゃと溢れ続ける。 「暖さん、これって……」 「っ、タオルケット、取っ……て……っ、とまん、ない……ぃっ、」 「えっ、」 「っ、はやく……っ、!」  溢れた潮が腹の上に水たまりを作っていたが、鈴口から噴き出すその勢いはやまず、これ以上はこぼれて掛け布団に染みてしまいそうだった。  靖羽はベッドに敷かれていたタオルケットを手に取りかけて、思い直したように先ほど脱いだ自身のTシャツを手に取り手早く暖の下腹部に当てる。Tシャツの柔らかな生地に水たまりが吸われて消えていく。  噴き出す潮の勢いがだんだん弱まり、そして陰茎が数回痙攣して何も吐き出さなくなると、靖羽がおずおずと暖の頬に触れてきた。 「暖さん、大丈夫……?」 「……は……っ、はぁ、っ、ごめん、漏らしちゃった……」 「……マジでびっくりした。普通に精子が出るんだろうなと思ってたから……潮噴くなんて……」  靖羽はすっかり湿ったTシャツで暖の体を拭きながら、動揺した様子で大きく深呼吸をした。 「その……いつもするの? 潮噴き……」 「は……っ、っ、お酒飲むと、たまに……でも、こんなにたくさん出たのははじめてで……お、おしっこ漏らしたみたいで……恥ずかしい……っ」  羞恥のあまり、暖は顔を両手で覆う。  その手をそっと避けられ、ちゅ、と唇を重ねられる。余裕がなさそうなぎらぎらした目をした靖羽と至近距離で目が合い、どきりと心臓が跳ねる。 「すっげえエロかった。……潮噴くくらい気持ちよかった?」 「……うん……、体おかしくなりそうなくらい……すごく、よかった」 「うれしい」  靖羽がまるで褒められた子どものように無邪気な笑顔を浮かべる。 「暖さんが俺で気持ちよくなってくれて、潮まで噴いて……俺、ほんとにうれしい。何も恥ずかしくなんかない。全部全部、さらけ出してほしい。……暖さんが気持ちよくなってるところを見てるだけで、俺、すごく満たされるから」  そう言って靖羽は優しく髪を撫でてくれる。  けれど、暖の中に挿入されたままの靖羽の性器は勢いを全く失っておらず、どくどくと脈打って時折震えている。きっと潮を噴いてぐったりしている自分を気遣って、動かずにいてくれているのだろう。  自分だけ散々気持ちよくしてもらって、靖羽のことは置き去りで、生殺しのままで。  せっかく恋人として初めて体を重ねる夜なのに、こんな一方的に受け取るだけの交わりではいけないと思った。 「……っ、」 「え……、ちょっと、暖さん、無理しないで、」  震える手で体を支え、上体を起こす。おろおろと暖を止めようとする靖羽を制して、挿入された靖羽の性器が体から抜け落ちていかないように、靖羽の腿の上に慎重に腰を落として跨る。いわゆる対面座位の状態になって、二人の裸の胸がぴったりと近くなる。靖羽より少し目線が高くなり、暖は靖羽を見下ろして艶然と微笑んだ。 「暖、さん」 「見せて。靖羽が気持ちよくなるところも、ちゃんと僕に見せて」  囁いて、ゆっくりと腰を上下に動かし始める。潮噴きの余韻で腰ががくがくと震えてなかなか滑らかに動かないけれど、靖羽をよくしてあげたいという一心でひたすら腰を振り続ける。裸の肌がぴったりと触れて、靖羽の気配や体温をより強く感じて安心する。靖羽の首の後ろに腕を回して、正面からとろりと視線を絡める。 「……ぁ、ん、ぁ、あ……っ、さっきより、奥まで……入ってるの……わかる……?」 「……っ、うん……すっごい深い、暖さんの中、あったかい……、」 「っ、ふふ……っ、靖羽のもあっついよ……?」 「ん……っ、きもちいい……」  いつもは凛とした眼差しをした目元が快楽にうっとりと緩むのが愛おしい。その精悍な顔がもっととろけるところを見たくて、暖は膝でしっかりと上体を支え、さらにテンポを上げて腰を上下に振る。恥骨を靖羽の下腹に近づけるようにしてより奥へ奥へと誘ってあげれば、靖羽がたまらないといったように低く吐息混じりに呻く。 「ぅ……ん、ッ、ああー……ッ、やばい、」 「っ、ん、ぁ、あッ、あっ、は……っ」 「だん、さん、痛くない……? こんな奥まで入れて大丈夫……?」  靖羽の黒目がちの大きな瞳が心配そうに見上げてくる。  奥の狭く閉じたところに靖羽の硬い亀頭が届くたびに、腹の奥に響くようなかすかな鈍痛が暖を襲う。今日の体調のせいか、それとも体位のせいか。同時に淡い快感も一応拾えるものの、正直なところ痛みのほうが勝って苦しかった。  それでも、靖羽の快楽にとろける顔を見ていると幸せで胸がいっぱいになる。全身を使って、体の奥の奥まで彼を受け入れて、深く包みこんで気持ちよくさせてあげたくなる。 「……っ、は、っ、だい、じょうぶ、だよ……っ」 「……嘘だ。ちょっと痛いでしょ」  低く囁いた靖羽に太ももを下から抱かれ、再び寝具の上に仰向けに横たえさせられる。追加のローションをたっぷりと穴の周りに塗り込まれたあと、腰骨をしっかりと掴まれ、深すぎないところでとちゅ、とちゅ、とピストンを打ち込まれる。 「ぁ、ん、あぁぁあ、あ、ぁッ」 「……っ、奥、まだちょっと痛いんでしょ?」 「あ、ぁ、あぁぁ……ッ、ど、して……わかる……の……?」 「……わかるよ。暖さんのこと、大好きだもん」  本当によく自分のことを見てくれているのだな、むず痒いような嬉しさで包まれる。  こんなに愛されていて、幸せでいいのだろうか。少し怖いような気持ちになるけれど、頭を痺れさせるような強烈な快感にすぐに何も考えられなくなる。 「ぁ……、ぁっ、あぁあ……っ、やす、は……」 「奥は……これから一緒に開発していこうね。これからいっぱいセックスして、暖さんのここが俺の形覚えて、もっと奥まで受け入れてもらえるように……、俺、頑張るね、」 「ぁ、ッ、ぅ、あッ、あッ、あ……っ、だめッ、またイく……ッ、ぁ、あぁぁ、ッ、ぼく、ばっかり……ッ、ごめ……っ、ぁ、ぅうっ、いく……っ」 「……っ、だい、じょうぶ……俺も、いきそ……っ、ぅく、ッ」  暖が何度目かわからないドライオーガズムを迎え、中がぎゅうっと収縮して靖羽の肉棒を締め付ける。それと同時に靖羽もまた息を詰め、腰の動きが急速に緩やかになり、やがて止まる。肩を震わせながら耐えきれない喘ぎをこぼし、自分の腹の中で欲望を解き放つ靖羽がたまらなく愛おしい。震える腕を伸ばすと、靖羽の上体が脱力して倒れ込んでくる。  汗ばんだ体を二人重ねて、絶頂の余韻に浸る。普段ちょっとしたことでは顔色が変わらない靖羽の頬がほんのり紅潮していて、愛おしさのあまりその体を抱きしめる。張りのあるしなやかな筋肉を感じられる若い肌が汗でしっとりと濡れていた。  やがて、靖羽がそろそろと腰を引いて暖の中から性器を抜き去ろうとする。喪失感や寂しさが一気に押し寄せてきて、暖はその腰に手を回してふるふると首を横に振った。 「や……やだ、抜かないで……」 「へ……? なんで?」 「なんか……さみしい……」 「……暖さん、今日すごい甘えたでかわいい。ちゃんとそばにいるから、大丈夫だよ」  靖羽はくすくすと喉で笑いながら、ゆっくりと暖の中から自身の陰茎を抜き去る。靖羽の精液でずっしりと重そうなスキンを結んで、靖羽は暖の目の前でぶらぶらと振ってみせる。 「すっげえ重い」 「すごい量だね……若いなあ」 「あんたのも結構量多かったよ」  靖羽の赤い舌先がぺろりと覗く。先ほどの靖羽の濃厚な口淫を思い出して、暖は思わず赤面する。暖の様子を楽しむようににやにやと見つめていた靖羽は、ベッドサイドのごみ箱に使用済みスキンをぽいと投げ入れ、大きく息をつきながら再び暖の裸の胸の上に倒れ込む。  ごみ箱のほうにじっと視線を向けたままでいると、靖羽がぺた、と湿った手で頬を包みこんでくる。 「まーたなんか余計なこと考えてる」 「……そんなことない」 「子種がもったいない……とか考えてまた不安になってるんでしょ」  違う、と否定しかけて、暖は言葉を飲み込む。代わりに、のしかかってくる靖羽にしがみついて、汗ばんだ裸の胸に顔をうずめる。豊かな胸筋がふんわりと柔らかく額に当たった。 「……こんなに満たされるセックスしたの初めてで……心も、体も。こんなに気持ちよくて、こんなに幸せで、こんなに甘やかされていいのかなって、急に怖くなってる」 「賢者タイム?」 「……あはは、そうかも。最中はあんまりにもよすぎて必死で、なんにも考えられなかったし」  自虐的に笑う暖を、靖羽は優しく抱きしめ返してくれる。 「これからは当たり前になるよ。あんたのこと甘やかして大事にして、幸せにするって……俺、そう決めてるから」  暖の上にのしかかっていた靖羽が「……重いよね、ごめん」と暖の横にごろりと横になる。ぱちりと目が合う。一つ一つのパーツが大きい、彫りの深い華やかな顔立ち。かつて桜井の屋敷でともに過ごしていたときは幼さがあったその表情は、今やすっきりと精悍な大人の男のそれになって、瞳には落ち着いた優しい光を宿していて。 「……靖羽」 「なあに」 「僕を見つけてくれてありがとう。七年も僕を諦めないでいてくれて、一緒になってくれて……本当に、ありがとう」  最後の方は声が震えてしまって、少しだけ声が裏返った。  靖羽は静かに暖を見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。 「もう絶対にいなくならないで。俺の前から、何も言わずにいなくなったりしないで」 「……うん」 「約束して」 「……約束する」  差し出された靖羽の小指に、暖はそっと自身の小指を絡めた。  怖さや不安は消えない。これからもきっと、消えることはないだろう。けれど、この愛おしい年下の恋人と一緒にいられる幸せをもうどこにも逃したくなかった。 「……靖羽、」  細い、ごく小さな囁き。言葉を静かに待ってくれている靖羽の穏やかな目に背中を押されて、暖は続きの言葉を紡いだ。 「……靖羽、愛してる。僕も、君を幸せにできるように頑張るから。だから……これから、改めてよろしくおねがいします」  靖羽の顔がふわりと綻ぶ。黒目がちの目がベッドサイドのランプの明かりを反射して、きらきらと潤んで輝いていた。 「……幸せだなあ、」  囁かれて、ぎゅっと抱きしめられる。愛おしいぬくもりに包まれながら、暖はそっと目を閉じた。
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