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慌てて指をひゅっと引っ込めて丸め、隠す様に拳を握ると、唇はまた手の甲に戻り、手首の内側にちゅと小さな音を立ててから離れた。
「波留!!な、何してんの!い、い、犬じゃあるまいし!!!」
弟がする行為とは到底思えなくて、焦りと驚愕で血の気が引く。
ぶるりと体が震えた。
一体急にどうしたのかと、目を見開きながら波留を見つめると、お酒も飲んでいないのに目元を赤らめた波留が「姉さんが悪いんだよ」と言った。
「波留?都合が悪くなると毎回私のせいにするのやめてくれる?」
この間も言ってたよね?といえば、波留は大人しく手を離し、私はソファカバーに手を擦り付けて拭いた。
「この間からなんなの?波留、人間は人の事噛まないよ?」
「…僕が犬なら、姉さんはとっくのとうに食べられてるよ」
「は?そんな犬躾直すけど?」
売り言葉に買い言葉で苛立ちのまま話すと、波留はパチパチと瞬きをして気の抜けた顔をした。
「うん、そうだね。姉さんになら躾直されるのもいいね」
全然反省のない台詞に怒りで顔が熱くなる。
「波留、いい加減にしてよ」
渾身の睨みを効かせると、波留はソファを立って私の横で腰を屈め、内緒話をする様に耳元に口を寄せた。
「姉さん。ちゃーんと躾けないと、また飼い犬に手噛まれるかもね?」
バッと目を吊り上げ波留の方を向けば、ことさら嬉しそうな表情で「おやすみ」と頬に口付けた。
次から次へと不可解な波留に反応が遅れていると、波留はもう部屋に戻ってしまった。
「な、なにあれ、むかつく」
なぜ毎回、私は波留に負けてしまうのだろう。
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