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第三章
私は灯台と顔をあわせた。白く艶やかな表面。それでいて、エロティックでない。その表面をかなりの時間触っていた。灯台の周りを幾度もまわりながら。
昼だから誰も表には出ないだろうと思っていたが、少し時間が経ちすぎていた。近くの家から一人の男が出て来て、此方の方へ歩いてくる。
「壊すのか?」
男は突然、私に問いかけた。
「なぜ、そう思うのです?」
「俺の家は昔からここにある。この灯台を壊そうと、君のように下見にくる奴は何人も見てきたのさ。」
「私の他に、ですか?」
「この灯台が出来て二百年。そんな奴の二人や三人、当然いるよ。君は、本当に壊すのか?」
「ああ、壊す。」
「口だけじゃないのか…。この二百年、誰ひとりこの場に現れた者はいない。君も牢屋を怖がって試みないんじゃないか?」
「いや、やります。やりますよ。そいつらが、どんな了見でいたのかは知らないが、私には思想がある。」
「思想と来たか。どんな思想だね。」
「いつかこの世界は元に戻る。その目安は分かっている。それなら、自由に動くべきだ。しかし、町の住民はこの灯台に惑わされている。脆さとは縁の無い灯台に勇気づけられ、そして、差別を受ける世代もある。脆さをによる弊害を乗り越えるべきなのに、なぜ人は酔いしれる。青い水に、灯台に、経験に。それが許せないのさ。この灯台の光が無ければ、町は暗くなる。そうしたら、青い水を服用していた世代が、水を服用出来なかった若い世代を嘲笑うことは無くなる筈だ。青い水の服用により、矯正された肉体であっても、暗闇の中では意味は無い。壊したのは奴らだと言い張っても、その矛盾を引き受けさせることが出来る。嘲りを越えて視点を持てば、人々の質も上がると思う。」
「なるほどな…。しかし、君も矛盾している。灯台が人々に影響を与えていると君は言ったね。でも、それは君の主観じゃないか。君は人々の質を上げたいのかい?」
「そうです。」
「それなら、君が灯台を壊すより、君の行動で、君の言葉で示せば良いじゃないか。昔から人間は、過酷、というものを敬愛する。その意図は介さぬとも、過酷さに強くあるべきだと常に考えている。過酷さはそこまで人々を惹き付けるものなのか?いや、そう言う了見の方向自体が、既に過ちであろう。過酷さというものは、実に無口だ。只でさえお喋りな人間にとって、辛抱は難儀である。人間というものは、面倒くさいものだが、その面倒くさいものが、人間を人間たらしめんとしている。俺はそう思うけどね。」
「どう言うことです?」
「認識の問題だよ。君の言う視点も認識じゃないか。」
「しかし、絶望は避けられない。」
「絶望するのも認識だよ。脆いというのは、人間がそう思っているからであろう。脆いものは、ただそうなっているだけだ。儚くも美しくもない。ただ、そうなっているだけだ。」
「認識したから何だというのです…。差別を受ける人はいるのです。」
「君は分別をしているだけだ。君は視点とも言っている。確かに視点は大切だ。だか、君が視点と言ったのは、通念的な範疇で用いられる視点であり、本来的な意味での視点ではないだろう。君は物を考える事が出来る人間だ。だから、よく考え直してくれたまえ。君自身も分別に沿い、人々も都合の良いように事を進める。それでも、灯台を壊すかね…。」
私は暫く黙りこんでいた。
「壊させてくれ…。壊してみたら分かるかも知れない…。」
「よし、分かった。だが、壊すなら中の機械だけにしておくれ。灯台本体を破壊されては元も子もない。」
「分かった。」
男は持ち前の哲学を棚引かせ去って行った。私も灯台の灯りを暫く見詰め、家に戻った。風が吹いてきた。そろそろ、腐片が降りそうだ。
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