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不倫の証拠を集めます!
薄暗い部屋にベッドの軋む音が響く。
カーテンはアッシュグレーに大きな白の水玉柄、瑛二としてはこの色は、妻、浅海を連想させあまり好きではない。
クイーンサイズのグレーのシーツのシワが上下する。
この女性はセカンドパートナーである福田瞳、長年の不妊で子どもが欲しいと言っていた。
初めは喫茶店で会い、会話をするだけの仲だった。
それがいつしかホテルで会うようになり、俺の出身大学が富山大学と知るや否や『頭脳明晰な子どもが欲しいから、避妊具なしでセックスしたい。』とせがんで来た。
夫は週に一回、金曜日に帰宅して日曜日の昼に単身赴任先に戻る。その際には必ず夫と性行為をし、妊娠した際のアリバイを作るといった徹底ぶりだ。
瞳は俺の本名も住所も知らない。
その方が良いと言った。
瞳 「あっ!」
瑛二「ん、んっ。」
胸を抱え、半身を起き上げる。
ベッドの脇のドレッサーに交わる二人の姿が淫靡に映る。
瞳 「あ、あ。」
瑛二「ほら、瞳。見て。」
瞳 「あ。」
俺とこの女性との身体の相性は抜群だ。
瞳は夫との行為は一方的で愛撫もおざなり、快感を感じた事が無いと言った。うちと同じだ。多分、身体の相性が合わないのだろう、どうしても白けてしまう。
瞳 「あ、あ。」
瑛二「ん、ん、ん。」
前後する腰の動きが激しくなる。
瞳はもう限界だ、足の指先がぎゅっと閉じている。
いきそうな表情が好きだ。見たい。
あどけない顔、豊かな胸、華奢な腰付き、浅海とは全く違う。
瑛二「で、出そう。」
瞳 「いいよ、エイジさん、出して、出して。」
懇願する声、意識が朦朧となる。
ほと走る快感。
堪らない。
ぎしっ
ぎしっ
瑛二 「あ、あ!」
瞳 「・・・!」
静けさの中に熱い吐息が漂う。
瞳は気怠そうにベッドにうつ伏せになりながらその背中に語り掛けた。
瞳 「ねえ、エイジさん。」
瑛二はスラックスを履き、ジッパーを上げた。
瑛二「何。」
瞳 「エイジって本名なの?」
瑛二「教えない。」
瞳 「ふふ。知りたくもないわ。」
軽く口付ける。
瞳 「ねぇ。」
瑛二「何。」
瞳 「私とエイジさん、不倫関係になるのかな。」
瑛二「セカンドパートナーだろ。」
瞳 「そうだよね。」
瑛二「そうだよ。」
俺とセカンドパートナーである瞳との関係は、彼女が妊娠するまでの仲だ。
生理が止まればそれでおしまい。
俺はまた次のセカンドパートナーを探すだけだ。
Agreement 合意、承諾、契約
妻浅海にもセカンドパートナーが居て、お互いその存在は容認している。
多分に、浅海だって同じような事をしているのだろう。
お互いさまだ。
何の問題も無い。
その頃、浅海のセカンドパートナーである大野木拓真は、浅海の夫である瑛二とその不倫相手の女性との逢引きの現場、一戸建て住宅の斜め向かいにあるブロック塀の陰に隠れていた。
拓真 (浅海さん、これは不味いですよ。)
玄関のテラコッタのプランターにはパンジーやマリーゴールドが咲き、白い木製の柵の向こうには薔薇が咲き乱れている。瑛二がその家を訪ねて程なく、道路に面した2階の部屋のカーテンが閉められた。
拓真 (不倫相手のご自宅のようですよ。)
セカンドパートナーとして厳守すべき事は不倫関係に陥らない。無闇矢鱈にプライベートに踏み込まない。
ところが瑛二は事もあろうか幾つかの決まり事の中で、その二つの禁忌を犯していた。
もしかしたら本名や住所を不倫相手に教えているかも知れない。
拓真 (えぇと、家の中でアフタヌーンなティータイム、有り得ませんよね。)
大野木拓真は携帯電話をポケットから取り出すとカメラ機能を起動させ、住宅の外観、レンズをズームインして表札、広角レンズで周囲の街並みを撮影した。
白い壁に白いペンキで塗られた屋根、カントリー風の一戸建て。
表札には福田、玄関先にはよくある犬の置物。
場所は閑静な新築ばかりの住宅街。
瑛二がその玄関のインターフォンを押したのは13:00ちょうど。
その後ろ姿はデータとしてこの携帯電話のSDカードの中に読み込まれている。
拓真 「・・・・・あ。」
15:00
白い玄関の扉が開いた。
2時間。
セックスをしてフィニッシュを迎える時間としてはピッタリだ。
拓真 「・・・・・来い、来い、来い。」
瑛二の笑顔の隣に、不倫相手の顔が一緒に画像に収まらなくては意味がない。
ところが残念な事に瑛二は玄関先で手を振り、そのまま扉が閉まった。
相手の顔どころか手すらも撮れなかった。
取り敢えずその家から大通りに向かう瑛二の後をつけた。
50メーター道路のバス停に立つ事5分。
瑛二はICカードの履歴に残らないように念を入れたのか、わざわざ切符を取ってバスに乗り、吊り革に掴まると揺られ揺られて金沢駅で降りる、支払いは現金。
エスカレーターで地下に降り、浅野川電鉄に乗る。
磯部駅で降り、線路を渡るとアスファルトの歩行者用横断歩道を幾つか横切ってポプラ並木を数メートル歩いた。
そこで角を曲がる、一、二、三軒目の医療事務機器メーカー。
行き先は瑛二の勤め先だった。
これらも全て撮影した。
拓真 (あぁ、そうか。営業部、不倫のついでに外回りしてたのか。)
これは浅海が般若になって怒り狂う事は想像に容易い。
拓真 (今夜のグラスはプラスチック製の物にしよう。)
大野木拓真は途中、ワンコインショップでそこそこ見栄えの良いプラスチック製のグラスを三個ほど購入し、その底に油性マジックで『浅海さん専用』と記入した。
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