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銀行の2階は、来客用に設えてある。
壁には高そうな絵が架けてある。
そして黒革のソファとガラスのテーブル。
それに比べて作井製作所の社長室は、スチール机と作業机があるだけだった。
父はチラチラと岳の方を気にしながら、額の汗を拭った。
「融資課長の福家 哲次です」
テーブルの脇に回り込んで、両手で名刺をつまんでよこした。
ビジネスマナーなど、ろくすっぽ知らない岳は、
「はい」
返事だけをして、片手で受け取った。
福家の顔がニンマリとして、岳を凝視したので薄気味悪い。
ソファに、どっかと腰かけると、
「本日は、融資のご相談でございますね」
両手を組んで膝に置き、ズイと洋一郎に作り笑いを向けた。
頭を掻いて、眉間の皺を深くした父は、もう一度岳を見る。
「実は、資金繰りが今月も厳しくなりまして。
先月大量発注を受けた、ボルトの支払を先延ばしにして欲しい、と言われたのです。
今月はボルトの代金を当て込んでいたものですから、給料の支払にも影響する始末です」
「なるほど。
取引先は ───」
「内藤洋行です」
「支払が滞った理由は何ですか」
「キャスター付きテーブルが好調なので、勢いに乗って新商品に取り組んだために、開発費用が嵩んだそうです。
まあ、うちでも同じようなことは何度かありました。
新商品は水物ですから、ヒットしたらラインナップを増やす気持ちは理解できます。
長い目で見れば、今すぐ債権回収するよりは、新規事業を伸ばしてもらいたいと私も考えます」
顎に拳を当て、瞑目して福家は考え込んだ。
「お話は理解できました。
ですが、先月も先々月も資金不足でしたので ───」
しきりに唸る。
「そこを、なんとか。
長い付き合いじゃありませんか」
父は、極度に緊張していた。
給料が払えない、という話は本当だろうか。
ニートの岳でも分かる深刻さである。
「それに ───
息子さんに、さきほど窓口で同意を得ていますので、お話します。
実は、宝くじが当選されたのです」
「えっ」
両目が見開かれ、ゆっくりと父がこちらに顔を向けた。
「いくら」
大きく瞬きをした父の、鼻息まで聞こえるほど、顔を近づけてきた。
「3億」
今度はのけ反った。
「本当なのか」
「にわかには信じがたいかも知れませんが、本当です」
福家がつけ加えた。
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