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3
岳の眼には、強い光が宿っていた。
普段はぼんやりとして、ヨタヨタ歩いている若造が、にわかにしっかりしたように感じられる。
あまりのことに、2人とも俯いたきり黙り込んでしまった。
重苦しい沈黙が、応接室を支配した。
「あのさ、父さん。
これだけは言っておく」
おずおずと顔を上げ、息子の顔を見上げた。
両眼が揺れ、怯えの色を帯びた。
「3億円の使い道は、僕が決める。
誰にも指図はさせない」
ハッとして、福家も顔を上げた。
「指図だなんて、誰にもできませんよ」
場の空気が一変した。
岳が支配してしまったのだ。
「金を持ってるからって、僕は何も変わらない」
洋一郎は、喉を鳴らして唾を飲んだ。
「怨んでいるわけじゃないが、父さんは僕をサラリーマンにしたかったんだろう。
それがいけなかったんだ。
僕にも自分の人生がある。
ニートになってしまったんじゃない。
自分で選んだんだ。
そして、ニートだから3億円を引き寄せたんだ」
洋一郎は何度も頷いた。
「父さんが、お前を馬鹿にしたことがあったか」
「直接言ってないけど、父さんが作った会社は僕を蔑んでいる。
僕に言わせれば、毎日決まった時間に会社へ行って、週末は飲んだくれているサラリーマンが立派だとは思えない」
「差し出がましいですが、私からも言わせてください。
会社の経営者は、みんなお父様のように苦労されています。
足しげく銀行へ通い、頭を下げていらっしゃるのです。
なぜだと思いますか」
福家は真っ直ぐに姿勢を正して岳を見つめた。
「しゃらくせえんだよ」
テーブルに拳を振り下ろした。
岳の目つきはさらに鋭くなる。
「社員の生活が懸かってるんだろう。
家族の生活が。
僕も父さんに食わせてもらってる。
同じように、みんな家族を養っている。
だからどうした。
僕は自分勝手な子どもだってのかよ。
そりゃあ、会社が潰れれば、今の生活ができなくなるだろうさ」
「岳、落ちつけ。
誰も金をよこせとは言ってないぞ」
父が遮った。
大きく息を吐いた岳は言った。
「とにかく、考えさせてください」
「そうですね。
融資の相談に同席して頂いた時点で、失礼だと認識するべきでした。
息子さんは、ただ者ではないのかも知れませんよ。
お話を続けてもよろしいでしょうか」
ため息交じりに、岳は頷いた。
「融資の稟議書を作成して、回しておきます。
私は、経営状態が悪いとは思っていません。
でも、決めるのは私一人ではありませんので」
「分かっています。
では、私はこれで」
洋一郎が立ち上がると、岳も立とうとした。
「息子さんは、お待ちください」
引き留められて我に返った。
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