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 岳の眼には、強い光が宿っていた。  普段はぼんやりとして、ヨタヨタ歩いている若造が、にわかにしっかりしたように感じられる。  あまりのことに、2人とも(うつむ)いたきり黙り込んでしまった。  重苦しい沈黙が、応接室を支配した。 「あのさ、父さん。  これだけは言っておく」  おずおずと顔を上げ、息子の顔を見上げた。  両眼が揺れ、(おび)えの色を帯びた。 「3億円の使い道は、僕が決める。  誰にも指図はさせない」  ハッとして、福家も顔を上げた。 「指図だなんて、誰にもできませんよ」  場の空気が一変した。  岳が支配してしまったのだ。 「金を持ってるからって、僕は何も変わらない」  洋一郎は、(のど)を鳴らして(つば)を飲んだ。 「(うら)んでいるわけじゃないが、父さんは僕をサラリーマンにしたかったんだろう。  それがいけなかったんだ。  僕にも自分の人生がある。  ニートになってしまったんじゃない。  自分で選んだんだ。  そして、ニートだから3億円を引き寄せたんだ」  洋一郎は何度も(うなず)いた。 「父さんが、お前を馬鹿にしたことがあったか」 「直接言ってないけど、父さんが作った会社は僕を蔑んでいる。  僕に言わせれば、毎日決まった時間に会社へ行って、週末は飲んだくれているサラリーマンが立派だとは思えない」 「差し出がましいですが、私からも言わせてください。  会社の経営者は、みんなお父様のように苦労されています。  足しげく銀行へ通い、頭を下げていらっしゃるのです。  なぜだと思いますか」  福家は真っ直ぐに姿勢を正して岳を見つめた。 「しゃらくせえんだよ」  テーブルに拳を振り下ろした。  岳の目つきはさらに鋭くなる。 「社員の生活が懸かってるんだろう。  家族の生活が。  僕も父さんに食わせてもらってる。  同じように、みんな家族を養っている。  だからどうした。  僕は自分勝手な子どもだってのかよ。  そりゃあ、会社が(つぶ)れれば、今の生活ができなくなるだろうさ」 「岳、落ちつけ。  誰も金をよこせとは言ってないぞ」  父が(さえぎ)った。  大きく息を吐いた岳は言った。 「とにかく、考えさせてください」 「そうですね。  融資の相談に同席して頂いた時点で、失礼だと認識するべきでした。  息子さんは、ただ者ではないのかも知れませんよ。  お話を続けてもよろしいでしょうか」  ため息交じりに、岳は頷いた。 「融資の稟議書を作成して、回しておきます。  私は、経営状態が悪いとは思っていません。  でも、決めるのは私一人ではありませんので」 「分かっています。  では、私はこれで」  洋一郎が立ち上がると、岳も立とうとした。 「息子さんは、お待ちください」  引き留められて我に返った。
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