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あなたに会いたい
大学を卒業したら、他県にある実家に戻ることが決まっていたのに、私は彼の告白を受け入れてしまった。
彼は、同じ大学の後輩で私より三つ年下だ。
彼の私への真っすぐな想いを聞くと、彼を悲しませることが何だか忍びなくて、告白を断ることができなかった。
また、遠距離恋愛になることが分かっていたから、「離れてしまったら、どうせ私への想いなんて、すぐに薄れてしまうに違いない」と、心のどこかで高をくくっているところもあった。
そんな、いい加減な気持ちで、私は彼との交際をスタートさせた。
私達は引っ越しの日までに、数回、デートを重ねた。だけど、案の定、私達の関係は余り進展しなかった。
奥手の彼は、デートの時に、私の手を握るのが精一杯だったし、私の方からも彼に何かを求めたりはしなかった。
結局、私達はキスを交わすこともなく、引っ越しの日を迎えた。
引っ越しの日、彼は、私に真っ赤な薔薇の花束をくれた。花束は八分咲きで、中には蕾も混じっていた。
実家に着くと、私は蕾の混じった花束を花瓶に移し換えて、部屋に残されていた私の学習机の上に置いた。
その後、蕾は次々と花開き、今では満開になって、私の眼の前で見事に咲き誇っている。
「きれい……」
私は椅子に凭れながら、ぼんやりと机の上にある満開の花束を見つめた。
ゴージャスな真紅の薔薇の花束は、彼の私への想いの深さを表しているような気がした。
それは、思った以上に嬉しかった。
私は、そのことを彼に伝えたくなった。
「手紙でも書こうかな」
私は机の引き出しを開け、中からレターセットを取り出した。
そう言えば、彼は女の子から手紙を貰ったことがない、と言っていたな。
私は、薔薇の花束の絵も添えて、手紙を書き進めた。
少しだけ彼に会いたくなった。
P.S.あなたに会いたい。
手紙の最後に書いてみる。
でも、何か違う気がして、慌てて消しゴムで消した。
だけど、いつの日か、そのように彼を想う日が来るのかもしれない。
私は、そんな予感を抱きながら、手紙を封筒に入れると、そっと、その封を閉じた。
おしまい
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