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蓑亀
潜航艇『蓑亀』号は、遠くでふたつの場発音を聞いた。
艇長を務めている弁慶保安長が、通信隊員に聞いていた。
「やったのか?」
「和邇からは連絡は無いですが――先程の音波はなんでしょうか?」
「判らん。ほとんど見えていなかったからな」
和邇が戦っていた場所からは、数キロも離れ、海中であったことから姿は確認できない。
蓑亀号は大海原にポツンと、取り残されたような感じだ。
「これからどうなるんですか?」
操縦室に顔を出したのは、山彦少年だった。渡された毛布を身体に包み、暖を取っている。
「ヤマか? もう動けるのか?」
服が濡れており、すぐにでも着替えた方がいいが、あいにくと潜航艇に詰まれていなかった。
「オラは問題ないですが……あの子が――」
と、廊下を少年は見た。
弁慶保安長が覗くと、そこには毛布を被り円くなっている塊が見えた。
顔が少しだけ見える、フタヒメ様だ。海に落ちた恐怖か、寒さのためか、両手で毛布を握り締めて小さく丸まっていた。
――体温の低下もあるかもしれない。だとしたら、ますます早く母艦に戻らなければ!
蓑亀号を預かる保安長としては、海に落ちたふたりの為にも母艦に戻りたいところだ。
「あのぉ……あの子は一体、誰なんですか?」
「ヤマは知らないか? まあ、話してもいいものか――」
「竜の民のことなんて、誰が信じるんですか?」
「確かにそうだな……」
と、腕組みをしながら、操縦室の中に入り、廊下に聞こえないぐらいの小さな声で話し始めた。
「フタヒメ様は、竜の民の姫様だ。その名の通り、位は2番目だ」
「竜の民の姫って――」
山彦にはもの凄いエラい人ということぐらいしか、理解できなかった。
「今回、我々の航海の目的はふたつある。
ひとつは、魚人族のところに留学していた、フタヒメ様の帰国のお迎え。こんなことになってしまったからかな」
「留学?」
「ああ……お主は、寺子屋にも行っていなかったな。竜の民はワシらよりも知恵がある。だが、世の中すべてのことは知っているわけではない。人ひとり、民ひとつだけでは、知識には限界がある。だから、魚人の民のところで別の知識を得にいってきたのだ」
「そんなエラい人なのですか?」
「まあそうなのだが……渾名のとおり、フタヒメ。2人目の姫様だ」
「2人目ということは、別に姫様が――」
山彦少年はチラリと操縦室の外へ顔を向けた。
ため息をつきながら弁慶保安長は、
「ここからは竜の民のお家問題だ。これ以上は、さすがに話すわけにはいかない」
そう言い切ると、保安長は口を閉じてしまった。
ここまで言ってと、少年は不満を出そうにしているが、操縦室のある隊員が声を上げる。
「その先を知りたければ、我々について行くか、陸に戻るか――でも、保安長。その話、我々も知りませんよ。教えてくださいよ」
と、数名しかいない隊員の目が、保安長に集まってくる。
「お前らまでもか……しかし、竜の民のお家問題だから、艦長とその他の数人しか知らないことだ。ワシから漏れたとしたら、艦長に怒られる」
と、笑い出した。だが、すぐに静けさが戻った。
何かあるかと、山彦少年が後ろを振りかえると、
「――なによ……」
操縦室の入り口に、毛布を被ったフタヒメが立っていた。山彦の隊員服の予備もないのだ。彼女の、姫様用の着物など当然詰まれていない。
お家問題の話もあり、好奇の眼差しに彼女はさらされていた。
恐る恐る保安長が声をかける。
「どうかされましたか?」
「――さむい――」
「はい?」
「寒いって言っているのよ! 早く、船に返しなさい!」
と、大声を上げだした。
「申し訳ありません。フタヒメ様。今、和邇からとの連絡は無く――」
「着替えはないの!」
「この少年の分も詰んでおりませんので……申し訳ありません」
そう謝る保安長だが、フタヒメは大きな目でギョロリと目を動かした。トカゲのように縦に黒い線の入った、金色の瞳が睨み付けてきた。
「退いてくれない、猿人!」
どうやら操縦室に空いている席があり、そこに座りたいらしい。それを山彦が遮っていた。
少年は慌てて避けると、不満そうにフタヒメはその席に座った。
「そういう言い方は……よろしくないと思いますぞ、フタヒメ様」
「あなたは……弁慶、でしたか? どうせ陸に戻すのよね、この猿人は――」
「まだ彼は決断しておりません。それに……差別はよくありません、フタヒメ様」
「――わたし達の力が無ければ、この潜水艇のボタンひとつ知らなかったくせに、よくそんな口を――」
「助けて頂いた王には感謝しております。
しかし、竜宮以外で活動したがる竜の民は少ない。我々には返る土地はない。そのために配下となって、世界中を駆け巡る仕事をしていることは確かです。ですが、人をサルだ、リュウだと、分け隔て無くするようにと、王のお言葉ではありませんか。それを――」
「お父様とは関係ないですよ!」
激高するフタヒメに弁慶保安長は、
「大ありです。ヒメ様の発言は、王の尊厳に関わることと思われます」
「わたくしがお父様を傷つけたいとでも?」
「思っていないことは確かです。ですが、次に竜の民を治める事となるあなた様が、手を取りあって生きていこうと決められた事に反するのは――」
「黙りなさい!」
と、声を上げたフタヒメであったが、少年が見た時には何故か泣いている。
山彦少年が何か声をかけるべきかと思ったが、彼女は俯き、イスを回転させて背を向けてしまった。
「お取り込み中のところすみません!」
と、インカムを付けた隊員が、耳に手を当てながら話し出した。
どうやら、和邇号からの通信を受け取ったようだ。
「和邇から入電。現在、浮上中のこと。
魚人族の『らん・かるぷ』号と共に健在。集合ポイントを送ってきています」
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