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合議
艦長が席に着くと、集まったメンバーの顔を見渡す。
「待たせてすまない」
揃っているのはこの『和邇』号の各責任者たち。九郞副長、弁慶保安長、バク医師(医療部長)、源内師範(機関部長)その他……。それにミツヒメ様のお付きである女性、フルと呼ばれる濃い灰色が特徴的な竜の民だ。
「この九郞が、合議の取り仕切りをさせていただきます。
まず、今回の作戦行程での最重要目標でありました、通信装置の打ち上げは成功。機能開始を確認いたしました。詳しくは、源内師範に――」
合議に使われているのは、食堂の調理場とは反対側の隅だ。和邇号の艦内ははそれなりに広いが、水上船ほど空いているスペースはない。そのために食堂をパーティションで区切り、合議室としている。
「うむ。水素を用いた気球により、約39,000メートルまで上昇。その後、ロケットモータに点火して、予定の軌道に投入された。
通信範囲は、太平洋の日付変更線を中心に、東西の海岸線付近を網羅する事になる。
これで竜宮からの通信は太平洋では、問題なく受信できるだろう」
「師範、1基で網羅できるのは、それだけか――」
艦長が発言した。
「はい。残念ながら、竜の民の技術でも魚人族の技術でも、限界があります。
昔の歴史資料には、この地球さえも離れることも出来たようですが、今は――」
「無い袖は振れないか……」
と、艦長のつぶやきに、お付きのフルが顔を上げた。
「何故我々の艦を利用するのでしょうか? 大西洋に関しては魚人族に任せられないのですか?」
「フル殿、残念ながらこの通信装置の設計でこの艦を前提にしております。あちらの船ではこの任務は務まりません」
「いわれなくても判っております、源内さん。
竜宮に到着後、整備と補充を終了後、再び和邇号は長期任務に出るのですよね」
「そのようになっております。今回の試験を元に、インド洋と大西洋に打ち上げますので――」
と、聞きながら竜の民のフルはイライラしはじめてきた。
それを察知して艦長が、
「何か問題でも? フル殿?」
「言仁様も……艦長はしばらく竜宮でお休みにならないのですか?」
「――残念ながら、その時間はありません」
「そうは分かっております。ですが、豊玉様も帰っていらしたばかりです。ぜひ、姫様とごゆっくりなされては――」
少し遠慮がちにフルは艦長に提案した。
「確かに、フタヒメ様には久しぶりの故郷です。ごゆっくりしていただきたいですが、この安徳はこの和邇号を預かる人間です。早急に、魚人族との通信網を構築する任務がありますので、残念なから――」
「豊玉姫のお気持ちは――」
「今は、個人的な利益に構っているわけにはまいりません」
そのまま艦長とフル女史はにらみ合って、合議が止まってしまった。
「もう、よろしいです!」
しばらくにらみ合いが続いていたが、フル女史は席を立ち上がると、そのまま不満をぶつけるように大きな足音を立てながら、出て行ってしまった。
「すまない……九郞、合議を進めてくれ」
「よろしいのですか?」
「――構わん」
「――はい。では、あのタコの怪異についてですが……ご意見を、バグ医師殿」
咳払いをすると、竜の民の医師バクが立ち上がった。
「現物を見たわけではないが……報告を元にすると、全長は70メートル程あると思われます。本体部分は40メートル程。魚人族からの提供情報である該当の怪異は、くらーけんなるものと推測できますが、あちらの情報ではイカと想像されています。ですが、今回の怪異はあきらかにタコのようでした」
「その情報はわたしも見た。だが、提供情報では脚しか確認出来ていなかったのではないか?」
「艦長の言うとおりです。今までの接触情報は脚のみだったと思われます。あちらの伝承で、イカのバケモノと推測されていたのでしょう」
「つまり……今回の怪異については、タコかイカかはどうでもいいと?」
「そうです。それよりも問題があります。
最初に接触していたのは、房総半島の南端沖。それが次の接触はダグラス礁沖です。1000キロも離れた場所に、我々に探知されずに追跡されてきたとなります」
「追いかけてきていたのは確かなのか?」
アゴに畳んだ扇をコツコツ当てながら、艦長は質問した。
その質問には、弁慶保安長が応える。
「蓑亀からの観測で、怪異の脚の本数が欠けておりました。タコなら脚が8本と思われます。しかし、魚人族に張り付いたのは7本。房総半島の南端沖で、こちらの自走機雷を受けた個体と同一と思われます」
房総半島沖で対峙した怪異と同一なら、潜航艇『蓑亀』号が放った自走魚雷で、脚を1本無くしている。和邇号から離れた蓑亀号が、それを目視で確認できたのであろう。
「だとすると、やはり、とうやって追いかけてきたかになりますな」
「源内師範。何か思い当たることはありますかな?」
「艦長。申し訳ないが、ワシには怪異の生態は分からぬ。バク殿もお手上げなのであろう。何分、判断情報が少なすぎる。ただ、今のところは、探知外のところからでも我々を追跡することは、可能であるということぐらいか――」
それを聞きながら、艦長の顔が険しくなった。
「和邇の探知能力の越えた部分から、密かに追跡することも可能と言うことではないか?」
「付けられる可能性はありますな」
そういったところで、源内師匠も医師バクもある可能性が頭によぎった。それは恐らく、艦長が懸念していることだ。
「我々を追尾しているということは、竜宮の場所を探知されている!?」
声を上げたのは、合議の進行をしていた九郞副長だ。
怪異との接触は遥か昔の事。それからを考えると、何度となく、和邇号は『竜宮』に出入りしている。探知能力を超える場所で、付かず外れずとしていた場合は、どうすることもできない。『竜の民』の最後の都かもしれない『竜宮』が襲われることになれば――
「しかし……艦長、怪異のやることは、ますますよく解らなくなりますな」
「九郞、というと?」
「敵として我々を排除したければ、すでに『竜宮』を見付けている。それなのに今のところ襲ってこない。もっぱら外洋での戦闘が主です。しかも遭遇戦と呼べるものばかり――
戦略も戦術も無い。まるで振る舞いは獣そのものです」
「九郞の言うとおりかもしれない。だが、いつ『竜宮』を襲われるとも解らない」
「戦力の増強ですか――」
ボソリと、源内師範は呟いた。
「そうなのだが――艦は用意できても、動かせるものがいない。人手不足がな……
この和邇号を動かすだけで精一杯だからな。
フル女史にはその辺を頼みたかったのだが――」
と、ため息交じりに艦長は言った。
「そうじゃ、人員不足のことだが――」
「バク殿何か?」
「ああ、あのヤマが、残ることを決めたようだ」
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