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 湿った地面の上に体育座りをして、声をころして泣いているぼくの頭の上に、パッと光が落ちてきたかと思うと、それは懐中電灯の明かりで、涙で顔をぬらしている母さんがそこにいた。  太陽のように眩しい光を放つ懐中電灯は、雪の上にドサリと落ちた。ぼくはすっかり冷え込んだジャンパーに、顔を(うず)めてわんわんと泣いた。母さんも、聞いたことのない悲鳴のような声を立てて泣きだした。  ぼくは、母さんに手を引かれて、家へと帰っていった。雪雲の隙間から月光が顔を出したのか、家が群集した村は夜の底に輪郭をくっきりとさせていた。もうすっかり泣きやんだぼくは、母さんになにも声をかけることができずに、黙ってその手を繋いで歩いた。  その一本道は、むかしと変わらず寂しい気色のなかに山裾(やますそ)まで伸びている。あのとき、ぼくと母さんの足跡は、降り積もった雪のなかにくっきりと()されて、一夜も経たずに、そっと消えたに違いない。ぼくは、コートのポケットに手を入れて、あのころのことを思いだしながら、この道をたんたんと歩いていく。  ようやく家の前まで来た。玄関先に足を踏み入れると、上の方からパッと灯りがついた。インターフォンを押す手が震える。黙って帰ってきたのだから。「ピンポーン」とチャイムが響く音が、扉越しにも伝わってくる。ドタバタとした足音がこちらに向かってくる。 「どなたですか?」 「ぼくだよ」 「あら……だれもいない」 「上がらせてもらうね」  居間へと戻っていく母さんの後ろに、黙ってついていく。部屋を覆い尽くさんばかりの炬燵(こたつ)に身体をうずめて、おばあちゃんがみかんを()いていた。 「いまね、義人(よしひと)が帰ってきたの」 「久しぶり」 「ヘンなことを言うねえ。どこにいるっていうの」 「冗談よ。でも、義人の魂が、ひとあし先に帰ってきたのかなって。だって、チャイムが鳴ったのに、だれもいないんだもの」 「明日は、楽しみだねえ。ひさしぶりに会えるんだから」  ふたりは、ほほえみ合いながら、声を弾ませてそんな会話をしている。  そうです。魂だけが戻ってきました。どうやら、肉体の方は、まだ発見してもらえていないみたいです。
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