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3
「ええっ! 勝山くんのどこがいいの?」
「ううん……」
「かっこよくもないし、ちょっとキモいし、やめときなって」
ふたりは、こそこそと話しているようにしていたけれど、車内の静けさの中にしっかりとその声は響いてしまっている。それは、このふたりも分かっているのかもしれない。もしくは、話に夢中になっているだけなのかもしれない。あたりを見渡してみる。この中に「勝山くん」はいるのだろうか。
どうして、だれかを好きになってしまうのだろう。付き合ったときの妄想をして、ふとんの中で足をバタつかせてしまう。バレないように、こっそりと目で追ってしまう。嫌いなところを探そうとして失敗し、なんでもその人の魅力のように感じてしまう。なぜこんな苦悩を味わわなければならないのだろうか。
高校生のときに、安富さんという、好きな女の子がいた。眼鏡をかけていたことと、唇がぷっくりとしていたことだけはいまでも覚えているけれど、その姿をしっかりと思いだすことはできない。安富さんは、ぼくとは違って、クラスの隅にいるひとではなかった。五、六人の友達と、楽しそうに話しているところをよく見かけた。ぼくは、その輪に入ることができなかったことはもちろん、こちらから話しかけることも一度もできなかった。
そんな接点のうすい安富さんを好きになった理由は、勤勉なところだった。友達付き合いも大事にしながら、しっかりと授業を受けて、補講もサボらず、図書館で自習をしているその姿は、ものすごい魅力としてぼくに映った。ぼくは山の裾の方に家があり、安富さんは市街地に近いところに住んでいた。だからぼくは、駅の待合室で本を読んで、彼女が現れるのを待つこともしばしばあった。
クラス対抗の合唱コンクールの練習で、二週間ほど放課後の時間を奪われたことがあった。秋のことだ。一色、二色と、山に暖かい色が加わって、校庭に植えられた公孫樹がもの悲しくそよ風に揺れていた。
何層にも重なった歌声が、校内のあちこちから聞こえていた。一学年3つしかないクラスで競うくらいならば、学年全員でひとつの曲を奏でるか、好きな人だけ参加するようにすればいいのに。そんな風に思ってしまうほど、当日に近づくにつれて殺伐としていく練習風景にうんざりしていた。
それでも、ピアノを弾く安富さんの姿を見ることができるのは幸せだった。だけど、合唱コンクールの日の帰り道、指揮者の藤原と手を繋いで歩いているところを目撃して、人生ではじめて、その場でうずくまってしまうほどの深い傷を負う失恋を経験した。
いま、あの待合室で携帯を触っている彼も、あのときのぼくのように、好きなひとが現れるのを、いまかいまかと待ちわびているのだろうか。
当時のぼくは、携帯電話を持たせてもらえなかった。クラスメイトたちは、折りたたみ式の携帯で連絡先を交換しあっていたし、なにかイベントがある日は、パシャパシャと写真を撮っていたのを思いだす。
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