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5
湿った地面の上に体育座りをして、声をころして泣いているぼくの頭の上に、パッと光が落ちてきたかと思うと、それは懐中電灯の明かりで、涙で顔をぬらしている母さんがそこにいた。
太陽のように眩しい光を放つ懐中電灯は、雪の上にドサリと落ちた。ぼくはすっかり冷え込んだジャンパーに、顔を埋めてわんわんと泣いた。母さんも、聞いたことのない悲鳴のような声を立てて泣きだした。
ぼくは、母さんに手を引かれて、家へと帰っていった。雪雲の隙間から月光が顔を出したのか、家が群集した村は夜の底に輪郭をくっきりとさせていた。もうすっかり泣きやんだぼくは、母さんになにも声をかけることができずに、黙ってその手を繋いで歩いた。
その一本道は、むかしと変わらず寂しい気色のなかに山裾まで伸びている。あのとき、ぼくと母さんの足跡は、降り積もった雪のなかにくっきりと捺されて、一夜も経たずに、そっと消えたに違いない。ぼくは、コートのポケットに手を入れて、あのころのことを思いだしながら、この道をたんたんと歩いていく。
ようやく家の前まで来た。玄関先に足を踏み入れると、上の方からパッと灯りがついた。インターフォンを押す手が震える。黙って帰ってきたのだから。「ピンポーン」とチャイムが響く音が、扉越しにも伝わってくる。ドタバタとした足音がこちらに向かってくる。
「どなたですか?」
「ぼくだよ」
「あら……だれもいない」
「上がらせてもらうね」
居間へと戻っていく母さんの後ろに、黙ってついていく。部屋を覆い尽くさんばかりの炬燵に身体をうずめて、おばあちゃんがみかんを剥いていた。
「いまね、義人が帰ってきたの」
「久しぶり」
「ヘンなことを言うねえ。どこにいるっていうの」
「冗談よ。でも、義人の魂が、ひとあし先に帰ってきたのかなって。だって、チャイムが鳴ったのに、だれもいないんだもの」
「明日は、楽しみだねえ。ひさしぶりに会えるんだから」
ふたりは、ほほえみ合いながら、声を弾ませてそんな会話をしている。
そうです。魂だけが戻ってきました。どうやら、肉体の方は、まだ発見してもらえていないみたいです。
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