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「最初はそこに書いてある文字まで判別することはできませんでしたが」
「彼の次の動作を見て、俺は確信しました。」
「そこには彼の初手『9六歩』が記されていた、と」
「それがなんだって言うんですか?」
カップを傾けながら、彼が落ち着いた声で言った。
「柴が袖に隠し持っていたカンニングペーパーを見ていたから、それが不正だとでも?」
彼の調子は、ミステリードラマの犯人役のマネごとを面白がっているようだった。
「そんなたった一つの符号が対局において何の意味も持たないことくらい、ヘボの僕にだって分かる」
「それが不正だなんて俺も思っていません」
「ただ、あの行為にどんな意味があったのかお聞きしたいだけです」
「僕のところに来たということは、察しが付いているんでしょう?」
彼が初めて見せた笑顔には、安堵の色が浮かんでいた。
それを見て、俺は自分の推測が当たっていることを確信し頷いた。
彼は、秘密を抱えている。
「お話ししますよ」
「あなたにはその権利がある」
***
12年前の4月、桜が景色を彩る季節に僕は一年ぶりに彼と会っていた。
ちょうど東京で桜の開花宣言がされた頃だった。
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