淫らな蜜月

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 ーー時節は、まだ少し暑さの残る初秋。   エアコンもない鄙びたラブホテルの一室で逢瀬を交わす男女。   男の名前は藤次(とうじ)。女はその妻で絢音(あやね)と言う。   室内は、サイドボードに備え付けられたラジオから流れる昭和歌謡と、不規則に軋むベッドの音と、湿り気を帯びた2人の喘ぎ声で支配され、情事の独特な淫靡さに包まれていた。   汗で濡れた肌はぬらぬらと薄暗い部屋で不気味な光を放ち、互いの身体の密着と滑りをよくする。   体液でぐちゃぐちゃになった結合部が動くたびに、卑猥な音が淫靡な空間を更に盛り上げて、2人の興奮をより高めていく。 「……たまらん。この身体もお前の心も、全部俺のもんや。誰にも渡さん。俺のや。……あああかん!もう、出るっ!」 「んっ!!!」  ーー刹那。   挿入されていた藤次の性器から熱を持った体液が……彼の一部が注がれ、絢音は収縮していく膣内の心地よさに身悶え、藤次にしがみつき、同じく快楽の頂に上り詰める。   荒々しく息を吐きながら呼吸を整えて、藤次が膣内から性器を抜こうとした時だった。   薄紅色に熟した絢音の唇が、ダメと動き、その身体を強く抱きしめられたのは。 「なんね……煙草、吸えんやん。」   早よ離しと、首に回された腕を振り払おうとしたら、絢音は耳元で囁く。 「藤次がワタシに全部くれるって約束してくれたら、離してあげる。」 「はあ?」   訳分からんと首を捻る藤次に、絢音は妖しく笑みを浮かべる。 「さっき言ったでしょ?お前は俺のモンやて。なら、藤次もそれなりのものを、ワタシに頂戴?貰いっぱなしなんて、狡いわ。」 「……何を今更世迷言。いつも言うてるやろ?俺はお前のモンやて。信用できんのかい。」 「ええ出来ないわ。男の人の口説き文句程薄っぺらい信用ならないもの、この世にないもの。もっと誠意を見せて頂戴。」 「アホらし。いつまで経ってもヘッタクソなお子ちゃまのクセに、一丁前に男女の駆け引きかい。」 「そのヘッタクソなお子ちゃまの身体に夢中になってるのはどこの誰よ。2回もしておいて……」 「……っ!!」   痛いところを突かれ赤面する藤次をクスクスと笑い飛ばしながら、絢音はまだ少し硬い藤次の性器を内に秘めたまま、騎乗位の姿勢になり、汗で濡れた胸板にうっとりと頬ずりする。 「汗臭いやろ。早よ離し。煙草の前にシャワー浴びてくる。」 「嫌よ。ワタシと藤次の汗が混ざった、どんな香水も催淫剤も霞む官能的な香り。ゾクゾクする。」  言って、絢音は顔を上げて、怪訝な表情で見つめる藤次の瞳をうっとりと眺めながら、目尻に指を滑らせる。 「話の続きをしましょ?先ずはこの綺麗な濃紺の双眸……ワタシに頂戴?抉り取って、絢爛豪華な玉手箱に入れて、宝物にするの。」 「アホなことを……いい加減……ッ!!」   言い終わるや否や、唇を奪われ、ねっとりとした舌遣いで絡められ突かれ吸われ、狼狽する藤次の口の端から漏れた唾液すら惜しむかのように舐め取り、絢音は囁く。 「次はそうね……散々嘘と甘言を囁き、ワタシを含め沢山の女を弄び惑わせた……ペラペラよく回るこの舌、抜いちゃおうかしら。地獄の閻魔様みたいで、うっとりする。勿論、抜いた舌はワタシのモノ。」   キュッと指先で舌を引っ張り、段々と首を擡げてきた……女の業に塗れた絢音の本性に、藤次は二十歳の頃に不倫をしていた人妻の言葉を思い出す。  ーーどんな綺麗な深窓のご令嬢も、一皮剥けば強欲で淫らな娼婦よ。精々骨の髄まで、持っていかれないようにね。  その時は鼻で嗤ったが、目の前の……自分の一物を咥え込んだまま、足りない足りないと求めてくるこの女は、まさに島原羅生門河岸の鉄炮遊女のようで、熱っていた藤次の背筋に冷たいものが走る。   しかし、身体は……性器は心とは裏腹に、沸々と刺激を求めるかのように膨張してきて、娼婦はクスリと嗤う。 「なあに?欲張りさん。まだ足りないの?……奇遇ね。ワタシもよ。でも、もっとくれないと、してあげない。」   そうしてツゥッと、胸板に指を滑らせ、絢音は淡々と語る。 「首を落としたり、心臓を貰うのは最後。死んで楽になろうなんて赦さない。それくらいあなたは、ワタシの心と身体を弄んだ、罪深く憎いくらい愛してる男(ひと)。だから、何もかもワタシに捧げて?約束してくれるなら、ワタシあなたのどんな求めにも応じてあげる。」 「……たる。」 「ん?」   首を捻る絢音を抱き寄せ、髪を撫で汗の匂いを嗅ぎながら、藤次は囁く。 「上等や。何もかんも、この命(タマ)すらくれたる。惚れ抜いた女の欲望満たしてこそ男や。せやから安心して、俺のモンになれや。この強欲淫乱女。」   言って、緩められた腕を振り解き、膨張した性器を引き抜きベッドの上で仁王立ちになると、白濁した体液のついたそれをしなを作って座る絢音の口元に押し付ける。 「よう喋って、喉渇いたやろ。飲ませたるから、早よ咥え。」 「勿論よ。沢山頂戴?一滴残らず、飲み下してあげる。」   そうして胸の谷間に性器を挟み込むと、唾液で滑りを良くし扱きながら、絢音は藤次のそれを口に含む。   最初の頃は恥ずかしいと顔を赤らめ、チロチロと拙い舌遣いがもどかしくも可愛いと思っていた少女の面影はなく、ただひたすらに、本能のままに性器にむしゃぶりつき精を求める女に、藤次は満足そうに嗤う。   ようやく、手塩にかけて大事に大事に育ててきた理想の女が出来上がったのだ。   育てて食べる。  正に古代より続く男の浪漫。   少し過激な物言いが玉に瑕だが、求めれば、くれてやると囁けば、もしかしたら尻の穴さえ挿入を許してくれるやもしれないと期待に胸を膨らませながら、絢音の髪を鷲掴み、出し入れを激しくすると、さっき出したばかりなのに吐精感がむくむくと湧いてきて、たまらず藤次は絢音の口内に射精すると、彼女は怯むことなく全てを飲み下し、甘美な余韻に震える。 「好きよ……藤次……」 「俺もや。絢音……」 * 「あーー。ぬるま湯が熱った身体に丁度ええわ。ほら、もっとこっち、来や。」 「うん。ふふっ…」   猫足のバスタブに泡の風呂を作り、鏡張りの浴室で入浴を楽しむ2人。   ストロベリーのような甘い香りの漂う泡を身体に纏いながら、絢音はしなを作り、藤次の首に手を回し顔を覗き込む。 「……ねえ、一体今まで、何人の女と、こんな所でこうして過ごしてきたの?ワタシは、全部あなたが初めてなのに……やっぱりあなた、狡い。」 「なんや。まあた一丁前に嫉妬かい。お子ちゃま。そやし、忘れたわ。そんな昔の話。」 「嘘。つい最近まで、クラブのホステスに貢いでたじゃない。ねぇ、何回一緒にお風呂入ったの?」 「何が『最近』や。もう何年も前の話やん。それに、真理子とは惚れた腫れたの仲にはなっとらんわ。」 「でも、何か見返りが欲しかったから、貢いでたんでしょ?そうじゃないなら、ワタシの旦那様はとんだ篤志家ね。」 「………」 「藤次?」   自分を見上げる夫の眼差しが、いつも以上に真剣で、熱がこもっていて、絢音はドキリとする。 「……いい加減、信じろや。俺はお前と出会って、結婚して家族持って、父親になった。変わったんや。昔の女の顔なんてもう思い出せんくらい、頭ん中はお前しかおらん。アホやからな…」 「あ……や、まっ……」   湯船が揺れ、泡が弾け、藤次は絢音を後ろ向きにさせると、顎を持ち上げ、頬の上気した顔を鏡に向けさせると、硬くなった一物を背後から膣内に沈める。 「あ、いや!見えてる……」 「何が。どんな可愛らしい顔を鏡に作っても、ここの『正直な顔』見たら、並の男なら裸足で逃げるな。ほら、よく見てみ?さっき美味そうにしゃぶっとったように、吸い付いて離さへん。……ホンマにお前、本性は強欲で淫乱な女やな。」 「なによ……こんな女にしたのは誰よ。もう、姿形なんてどうでもいい。早く激しいの頂戴。疼くの……」 「ええで。なんぼでも欲しがり。応えたる……俺の全部、お前にやる。せやから、逃げるなよ?俺の可愛い、絢音……」 「藤次……藤次イイッ!!」   胸を揺らし、艶かしく腰を振りながら悶える妻を強く抱きしめ、藤次は再び、彼女の中に自らを放った。 *  ーーシトシトと、僅かに赤く染まった木々を濡らす雨音と、抑揚のない声で淡々とニュースを告げる深夜のラジオ放送を聴きながら、藤次はタバコを蒸していた。   情事でぐっしょりと濡れたシーツの上で、軽やかな寝息を立てて眠るガウン姿の絢音の頬についた後毛を後ろに流してやりながら、藤次は細く息を吐いて煙を部屋に充満させる。 「可愛い……寝顔だけ見たら、ホンマに邪気のない子供やのに……いや、無邪気ほど恐ろしいもんは、ないか……」 「う、ううん……」   鼻にかかった甘ったるい声を上げて寝返りを打つ絢音の肩にそっと触れて、形の良い耳に囁きかける。 「愛してるえ。俺を骨抜きにして堕落させた、可愛可愛い、女神はん……」 「……とう、じ……」   夢うつつな声で紡がれた名前を胸に秘めて、ラブホの自販機で購入した安酒を呷りながら、藤次は妻との甘く濃密な時間を肴にして、更ける夜を楽しみ、ビール缶を3つ、煙草を1箱空けた頃に、眠る絢音を抱きしめて、短い微睡に身を委ねた……  そうして夜が開ければ、彼女は母親、自分は父親となり、姉と待つ息子と娘の元へ帰って行く。   妻を抱いた手で息子を抱き、夫の一物を扱いた胸で娘を抱く。   それはまるで、家族と言う名のお遊戯会。   仮面の下の素顔を見せるのは、後腐れのない男と女の社交場……ラブホテルのベッドでだけ。   抱いて抱かれて、口説き口説かれ溺れて果てて……   灰になるまで燃えて焼かれて……   アイシテルと囁き囁かれ……   骨の髄まで互いに侵食されて染められて、   やがて連理の大樹のように、絡み絡まれ絆は歪だが確実に硬く結ばれて行く。 「……ほんなら、行ってくる。」 「うん。行ってらっしゃい!藤次さん!」 ーー朝。   手は繋いでいるが、寝ぼけ眼の息子と、腕の中で眠る娘を連れた愛する妻を見つめて、藤次は靴べらを使って革靴を履く。 「今日は早よ帰れそうやから、お土産買うて帰るわ。何がエエ?ケーキか、シュークリームか?それとも大福がええか?」   意表ついて寿司か?と笑う自分に、絢音は口角を妖しく上げて、そっと藤次の頬にキスをして耳元で囁く。 「そんな『お子ちゃま』なもの、いらないわ。精の付くもの沢山作って待ってるから、真っ直ぐ帰ってきて頂戴?藤次……」   その言葉に、藤次はハッと嗤い、応えるように彼女の頬にキスをして囁き返す。 「唐揚げ……ぎょうさん頼むえ?この強欲淫乱女。」 「あら。欲しがりなワタシ、好きなんでしょ?」   ふふっと嗤う愛する女を軽く抱きしめて、男は彼女の求める愛詞(あいことば)を囁く。  ーーー好きや。  と……
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