196人が本棚に入れています
本棚に追加
取り引き
……はい?今、なんて……?
私を地下牢から、出す……?しかも、公開処刑もなし……?えっ……?
予想の斜め上を行く申し出に、私は思わずフリーズする。
混乱する私を他所に、トリスタン王子は己の考えを赤裸々に語り始めた。
「こんなに冷たい地下牢に閉じ込められて、怖かっただろう!?でも、もう大丈夫だ!私がお前を助けてやる!私のものになると言うのなら、今すぐにでも出してやろう!そして、王家が管理する別荘地で私と愛を育むのだ!」
「……え?」
「寂しくないよう、きちんと隅々まで愛してやるからな!私は愛情深い人間だ!途中で捨てたりしないと誓おう!さあ、メイヴィス!今こそ、私に身も心も委ねるのだ!」
そう言って、トリスタン王子は鉄格子の隙間から手を差し伸べた。
傷一つない綺麗な手を前に、私はワナワナと震える。
目の前が真っ赤になる感覚を覚えながら、私は唇を噛み締めた。
はっ……?私を地下牢に閉じ込めたのは、貴方でしょう……?なのに、『私がお前を助けてやる!』ですって……?
貴方が諸悪の根源なのに、何でヒーロー気取りなの?ついに頭が壊れたのかしら?ここで、その提案を受け入れられると本気で思ってるの?だとしたら、本当におめでたい人ね。
ドロッとした負の感情に支配される私は、グッと拳を握り締める。
今すぐ殴り掛かりたい衝動を抑えながら、私はトリスタン王子を睨みつけた。
「私の尊厳もハワードの命も奪い去っていった、貴方なんかに────身も心も捧げるつもりはありません!!貴方のものになるくらいなら、死んだ方がマシよ!!」
「な、なんだと……!?」
まさか断られるとは思っていなかったのか、トリスタン王子は目に見えて動揺を表した。
が、直ぐに正気を取り戻し、反抗的な私の態度に怒りを募らせる。
顔を真っ赤にして怒り狂う彼は、感情の赴くままにガンッと鉄格子を蹴りつけた。
「このっ……!!生意気な女め!!優しくしていれば、つけあがりやがって……!!なら、そのまま死んでしまえ!死刑執行日まで、震えながら待つといい!」
トリスタン王子は地下牢全体に響き渡る声でそう叫ぶと、来た道を引き返した。
徐々に遠ざかっていく足音を聞き流し、私は肩の力を抜く。
これが最善の道だったのかは分からない。
でも、好きでもない男に純潔を奪われるなんて……絶対に嫌だった。
純潔を守り抜くための代償が私の命なら、喜んで支払おう。
生還という淡い希望を自らの手で握り潰した私は、確実に早まった死期に思いを馳せた。
最初のコメントを投稿しよう!