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プロポーズ
箱の中には、キラキラと輝く指輪が入っており、素人目にも高価なものだと分かる。
予想外の事態に呆然とする私は、指輪を凝視して固まった。
え、はっ……?プロポーズ……?私に……?どうして……?だって、私は聖女よ……?神の花嫁よ……?
トリスタン王子は、それを分かった上で言っているの?
「メイヴィス!私はお前に一目惚れしたんだ!その美貌をここで腐らせるなんて、勿体ない!お前のような美しい女には、次期国王である私こそ相応しい!分かるだろう?」
「……」
あくまでも好きなのは外見だと言い切ったトリスタン王子に、私は思わず言葉を失う。
一旦、聖女のことは置いておくとして……プロポーズの言葉にさすがにそれはないんじゃないかしら?
まあ、容姿に恵まれているのは事実だけど……。
神の嫁だからか、私の外見は良い意味でも悪い意味でも人間離れしていた。
雪のように真っ白な長髪と、様々な色が混ざった虹色の瞳。顔立ちはまるで作り物のように美しく、神々しい。
自他ともに認めるこの美貌は、聖女の名に相応しいものだった。
だから、トリスタン王子が惚れ込むのも無理ないけど……さすがに求婚はアウトだと思うわ。
「トリスタン王子、せっかくの申し出ですが、丁重にお断りさせて頂きます。私は神の花嫁ですので、殿方と結婚することは出来ません」
「な、なんだと……!?私のプロポーズを断ると言うのか!?」
「は、はい……」
おずおずと頷く私を前に、トリスタン王子はあからさまに不機嫌になる。
まさか、プロポーズを断られるとは思わなかったらしい。
いや、逆に何で受け入れてもらえると思ったの?聖女が人間と結婚するなんて、絶対に有り得ないのに……。
トリスタン王子は自分なら、聖女さえも手に入ると思ったのかしら?
「私はこの国の第一王子だぞ!!私の妻になれるのだから、快く受け入れるのが道理だろ!!」
「いえ、その……ですから、私は聖女なので……」
「だから、どうした!?今はそんなこと、どうでもいいだろう!神など、この世に存在しないのだから!」
「……」
神の存在を軽んじるトリスタン王子に、私は強い怒りを覚えた。
頭に血が昇っていく感覚に襲われながら、私はギュッと手を握りしめる。
「神は確かに存在します。偶像などでは、ありません。私は常に神の存在を感じています」
「ふんっ!そんなこと信じられるか!それより、今はプロポーズの話を……」
「────何度も言うようにトリスタン王子のプロポーズは、受け入れられません。用件がそれだけなら、お引き取り下さい」
全く話の通じないトリスタン王子に痺れを切らし、私は出口の方を指さした。
いつになく雑な対応に、トリスタン王子は呆気に取られる。でも、直ぐに正気を取り戻した。
「な、なっ……!?無礼だぞ……!フィオーレ王国の王子たる私になんてことを……!今すぐ謝罪しろ!」
バンッとテーブルを叩いて、立ち上がったトリスタン王子は、怒りに震える。
侮辱だなんだと喚く彼に、私は冷ややかな目を向けた。
教会本部のド真ん中で、神の存在を否定するようなお方に構っている暇などないわ。
「それでは、お祈りの時間になりましたので、私はこれで失礼致します」
私はサッとソファから立ち上がると、そのまま出口へと向かった。
壁際で待機していたハワードを連れて、部屋の扉に手をかける。
刹那────。
「────このままで終わると思うなよ、メイヴィス……」
地を這うような低い声で、トリスタン王子が威嚇した。
その呪詛のような言葉に、私はピクッと反応を示すものの……返事はしない。
私は聞こえなかったフリをして、そのまま廊下に出た。
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