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惨劇
何かを決意したように立ち上がったハワードは、出口を指さす。
そして、『早く行け』とでも言うように私の背中を押した。
「ま、待って!ハワード!貴方は……!?」
「私のことはお気になさらず……!今は生き延びることだけ、考えてください!」
「で、でもっ……!」
私を逃がせば、ハワードは確実に殺されてしまう。
唯一信頼できる人が死ぬところなんて……見たくないわ!ハワードこそ、私を置いて逃げるべきよ!
私は背中を押すハワードの手を振り払い、後ろを振り返る────と同時に、真っ赤な血が舞った。
「ぐはっ……!!」
「ハワード!!」
騎士の一人に胸を突き刺されたハワードは血を撒き散らしながら、その場に倒れた。
胸に刺さった剣は完全に貫通しており、もう助からないことを悟る。
私は汚れることなんか気にせず、床に出来た血溜まりに膝をつけた。
「ハワード!!しっかりして!!お願い、死なないで……!!」
「……せ、いじょさ、ま……おにげ、くださ、い……」
「嫌っ!!ハワード!!」
最後の最後まで私の心配をするハワードは、血だらけの手でそっと私の目元に触れた。
オパールの瞳から溢れ出した涙が彼の手を濡らす。
私の涙とハワードの血が混ざった液体は、血溜まりの中にポタリと落ちた。
「な、くな……メ、イヴィス……」
弱々しい笑みを浮かべるハワードは、その言葉を最後にそっと目を閉じた。
私の目元に触れていた手がトンッと膝の上に落ちる。
────これが神官長ハワードの最期だった。
狡い……狡いわ!普段は他人行儀な態度ばかり取るくせに……!こういう時だけ、私のことを呼び捨てにするなんて……!!ハワードの馬鹿っ!!大馬鹿者……!!
私は膝の上に落ちた手を持ち上げ、それを額に当てて号泣した。
冷たくなっていくハワードの亡骸を前に、涙が止まらない。
────が、トリスタン王子はハワードの死を悔やむ時間すらくれなかった。
「お前ら、さっさとメイヴィスを捕らえろ!そして、牢屋に入れるんだ!」
トリスタン王子は、子供のように泣きじゃくる私をハワードから、引き剥がした。
『嫌っ!離れたくない!』という私の言葉は誰にも聞き入れられず、騎士達に取り押さえられる。
屈強な男たちに無理やり押さえ付けられ、体の節々が痛むが、それでも私はハワードの亡骸に手を伸ばした。
「ハワード……!!お願い!!私を置いて行かないで……!!貴方が居ないと、私は一人ぼっちになってしまうわ……!!」
どんなに手を伸ばそうが、泣き喚こうが、死んでしまったハワードは目を覚まさない。
そして────私の手には、手枷が掛けられた。
嗚呼、私は本当に罪人になったんだと……今になって、ようやく実感が湧いてくる。
ハート十字の紋章で彩られた手に、手枷が掛けられる光景は、やはり違和感しかなかった。
────こうして、メイヴィスはトリスタン王子の策略に見事嵌り、城の地下牢まで移送されるのだった。
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