狂愛と白い紙

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 私が生まれた時には既にあなたは生まれていた。  同じ両親を持ち、同じ家で育ち、同じ学校へ行き、一緒に成長していった。  私の隣にはあなたがいて、あなたの隣には私がいる。それが私たちの世界の常識で、世間にとっての非常識だった。幼い頃は仲の良い兄妹と言われるだけで済んでいたことも、歳を重ねていくと人々から好意的な眼ではなく、好奇的な眼を向けられていっても私はあなたの隣でいられるだけで幸せだった。それ以上、望むものなんて何一つない。  好きなものも、嫌いなものも、見た目も、違うことが増えていっても、心が繋がっていればそれだけで良いと思っていた。  両親が私とあなたの関係に歪みがあることに気が付いたのは、私とあなたが第二次性徴期を迎えたとき。  同じベッドにいる私とあなたを見て、両親は泣き崩れた。『異常者』と罵られた。友人も両親と同じ言葉を吐き捨て離れていった。  理由は分からなかった。私とあなたが一緒にいるのは当たり前で、いない方が不自然に思えたからーー。  私の考えは変わらなかった。多くの人からの苦言に耳を塞ぎ、あなたの手を取り隣に居続けたけど、あなたの考えは違った。両親や友人の言葉に耳を傾けるようになり、自然と私から距離を取るようになった。理由が分からない私にあなたは言った。 『俺達も世間になろう』  私とあなたの世界は崩壊した。壊れた。消滅した。目の前が真っ白になり、私は生きる理由を見失った。あなたのいない世界で生き続ける自分が想像できない。  だから私は自分の理想を求めて筆を執った。  私は自分だけの世界を作った。誰にも邪魔されず、あなたと永遠に一緒に生きていける世界を想像し、白い紙に転写していった。  紙の中の私とあなたはいつまでも一緒だ。  食事も、着替えも、入浴も、用足も、私の理想の世界を綴り続けた。  やがて、私とあなたの世界は世界中に発信された。どうやって発信されたのかは分からないが、気が付いた時には書籍化されていた。  私の名付けた『純愛日記』と言うタイトルは『狂気の家族愛』と改名され、話題となりドラマ化された。  やはり世間は私を理解しない。だか、私も世間を理解はしない。それでも生きていけるなら、私が生き続ける限り理想の世界を作ろうと思う。  私の理想の世界。誰にも邪魔されず、誰にも生かされない聖域。  現実世界のあなたと別れて何十年経つだろう。あなたから毎年、年賀はがきが届いているが私はそれを見ない。私以外の女性と、あなたに似た小さな子供のいる写真付きのはがきなんて見たくないから。 「私の会いたいあなたは、もうここにしかいないのね」  私は筆を執る。  本当のあなたに会いたいという気持ちを押し殺しながら、私は私の理想のあなたを綴り続けた。
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