狂愛と白い紙

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 俺が生まれてすぐ後に君は生まれた。  2人で産声を上げて、両親を困らせながら一緒に成長していった。君は俺の隣に来たがったから、俺の左手は君の為に常に開けておいた。  いつでも手を握れるように、君が1人で淋しい思いをしないように、大切な俺の可愛い妹。ずっと側にいて見守ろうと幼いながらに心に決めていた。  けど、俺の思いとは裏腹に、君は全く違う気持ちを俺に抱いていた事に気がついたのは、俺たちが第二次性徴期を迎えた時だった。  しなだりかける君の姿を見て、不覚にも俺は君を“妹”ではなく“女”として見てしまった。これは俺の犯した人生最大の汚点。決して許されない大罪。人生80年ー29,200日中のたった一夜限りの出来事だったが、俺のこれまでも、そしてこれからの人生を壊すには充分過ぎる時間でもあった。  両親は怒り、泣き崩れ、1つの家庭を崩壊させてしまった。俺の浅はかな行動で、俺は家族や友人たちの信頼を失ってしまった。目の前が真っ暗になる中、隣りにいる君だけはいつもと変わらない様子で言った。 「私はあなたといるだけで幸せです」  俺ははじめて君に恐怖した。  こんな状況の中でも、うっとりと夢の中にいるような幸せそうな笑みを浮かべる君に狂気を覚えてしまった。  いつか、どこかの本で読んだことがある。『双子の男女、前世で結ばれることのなかった禁断の恋をしていた男女の生まれ変わり』ということを。  君はまさにその本の一文を体現しているかのように俺を愛してくれていた。だが、俺は君を君のように愛することはできなかった。  前世では結ばれず、今世でも結ばれることのない関係。俺と君は、きっと魂から決して結ばれることのない運命だったのかもしれない。その事を気付かせるために神様が俺と君を双子の兄妹にしたというなら、その意を組むべきだ。  俺は君から離れるように努めた。高校は父方の祖父母の家から通わせてもらい物理的に君から距離を取ることにした。君には受け入れがたい現実になっただろうが、もうこの世界は俺と君だけの世界ではない。俺たちは大人になっていき、世界の、世間の一部として生きていかなければいけない。  出る杭が打たれる世界で、俺と君が愛し合う事はできない。  俺が君と距離を取った後、俺の世界は広がった。趣味の合う友人に出会い、可愛い彼女にも恵まれ、成績も上がり、就職活動もスムーズに第一希望へ行くことができた。  これだけの幸運に恵まれたのは生まれてからはじめてかもしれない。神様という存在が本当にいたとしたら、俺と君が離れることが正解だったのかもしれない。君にとって俺の選択が正しいかは分からないが……。  ある日、母親から呼び出されて数年ぶりに実家を訪れた。俺は中小企業に就職し、それなりの位を与えられ、心を通わせる女性と結婚し子供を授かった。君と顔を合わせなくなってからそれだけの年月が過ぎたのだ。内心、君がどんなふうに変わっているのか楽しみでもあった。俺がこんなに変われたんだ。君もきっと変わっているだろうと思い、ーーーー驚かされた。  何故なら君は年は取りつつも昔と変わらぬ見た目で、昔好んでよく着ていた今ではサイズの合わなくなったお揃いのルームウェアを着て、立ち尽くす俺にこう言った。 「あなたは誰? 兄さんに会いたい……」  君は泣き崩れた。彼女の中の俺は君から離れた時の俺の姿のまま時が止まっていた。実際に会っても認識ができないくらい君は昔の俺に固執していた。  このままではいけない。だが俺の正体を明かして君に接触することは、俺の家族に危険が及ぶことだと思い、俺は機転を利かせ、机に置いてあったボールペンと白紙のノートを手にして彼女に物語を書くことを進めた。 「現実出会えなくなっても、物語の中ではいつでも君の好きなお兄さんに会うことができるよ」  彼女は俺の言葉に頷き、涙しながらもペンを取り物語を綴りだした。これで少しは生きる気力を見出してくれればいい。  その後、母から感謝の電話を貰った。  彼女の書いた物語を、母が人様に見せられるように修正を加えて某小説投稿サイトに投稿されたところ書籍化が決まったそうだ。  長年、引きこもりだった俺の妹は無事に物書きという名の職業に就くことができたと母は嬉しそうに言っていたが、それもどこまで続くかは分からない。  彼女1人では小説を投稿することはできないし、書く内容も俺との近親相姦ばかりだ。読者が彼女の作品に飽きが来たとき、母は、自分と娘の将来に憂いて思い悩むことになるだろう。 「愛が幸せになるとは限らない、か……」  愛してると言って一緒にいられるわけではないし、好きだも言って長く続くことでもない。愛も好も良い言葉に例えられガチだが、実際は呪いに近いものを感じる。 「もしも、俺たちが双子でも、兄妹でも無ければ、違った結末だったのか?」  俺は考えるのを止めた。  どんなに考えても答えは出るものでないし、良い結末になることはない。  俺は読んでいた本を閉じて、暗い部屋を出た。明るいリビングにいる俺の大切な家族に、心から会いたいと思ったからだ。
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