魔法使いになったら

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「考えごと? 」 ふっと我に返る。 「やだ、ごめん。春はまだ先なのに、あまりにぽかぽか陽気だからぼーっとしちゃった」 それを聞いて笑った彼を見ると、頭の片隅に「時ちゃん」と呼ぶ少女の声が木霊する。 懐かしいような、けれど、同時に足元から一気に寒気がたちのぼってくるような、口では表現しにくい感覚に襲われ、わたしは意識が薄れてしまう。 だけど、名前に思い当たる人はいない。 呼んでいる少女の声もだれなのかわからなかった。 子供の頃から本が好きだったわたしは、大学で図書館司書の資格を取り公立図書館に入職した。 実際に入ってみると、受付カウンターでの本の貸し出し以外に返却本を元の棚に返す「配架」、並べ方が変わっている本を元の場所に戻す「書架整理」、蔵書の点検、たくさんの人が本に触れる機会を増やす為のイベントの企画運営など業務は多岐に渡り、静かな空間でただ好きな本に囲まれて仕事が出来たならという私の密かな願望はあっという間に吹き消されていった。 そんな中、半年前に数冊の本を手に受付に来たのが今の彼だった。 「やっと見つけたよ♡」と本を掲げた姿に驚いたけれど、初対面なのに友達のような笑顔が妙に懐かしく感じる人だった。それから度々顔を見るようになり、見ない時は寂しくなり、いまはこうして職場以外で会っている。 「電車に乗ってどこかに行かない?」と今日誘ったのも彼で、話しもあるんだと言ったのもなんだか気になった。 「山手線っていつも混んでるね」 「都心をぐるぐる回ってるんだもの。郊外に行かないなら、車なんかよりこれに限るわ」 まして、休日の午後。プラットホームの人波は絶えない。 「話しってなに?」 そう言って、わたしは振り向いた。 「あっ!!」
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