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私は有名国立大学に現役で合格し、明るい大学生活という希望に包まれるなかで明日、成人式を迎えようとしていた。
スタンドミラーに映る晴れ着姿の私は(自画自賛なんてものはなく)見惚れてしまうほどであった。
私は、自分のここまでの人生を振り返った。
下に下にと下ばかり向いていた(向かされていたともいえる)中学時代からすごく様変わりしたものだった。
高校時代は「良い大学に入るぞ!」と心に誓い、青春なんて言葉を犠牲にして三年間勉強に励んだ。
そこまで出来た意志、そこまでしなければならなかった理由が、私にはあった。
あの子に――会いたい、もう一度会いたい、必ず会いたい――。
高校三年間勉強に励んで良い大学に入って、あの子にもう一度会いたいという気持ちが、私を高みへと押し上げてくれたのだ。
そして翌日。
今日は成人式の朝。
ついに、来た。
どんなにこの日の朝が来るのを待ったことか。
晴れ着の帯をしっかりと確認し、私は玄関のドアノブに手をかけた。そこで――ふと、思いとどまってしまった。
成人式には行かないほうがいいのではないか、と。
成人式であの子に会ってしまったら、私は、中学時代の私に戻ってしまうのではないか、と。
押し寄せる不安の波の高さが私の体を硬直させた。
私が会いたくてたまらなかった子は、中学時代に私をいじめた同級生たちのひとりだった。
いじめっ子たちの中でも特にいじめにしつこかったあの子――。
いじめっ子たちとは高校は別々になることができたけど、住んでるところは同じ校区だったから、たまに中学時代のいじめっ子たちを街中で見かけることがあった。
私は街中であの子たちを見かけるとすぐに背を向けた。だから、あの子たちが私に気づいたことは一度もなかったと思う。
数少なかった中学時代の友達から、あのいじめっ子たちの、特にあの子のことを聞いた。
夜遊びしてばかりでだらしのない子。当然、テストは赤点ギリギリっていう話だった。
その話を聞いて、私は、あの子を見下す方法を思いついたのだ。
良い大学に合格して、成人式に目の前に立ってやって現実を見せつけてやるのだ。あんたなんか教室の中でしか威張れなかった子。大人になれば、ご覧の通り、上級と下級に区別された者同士になったのよ!
そんな痛快な場面が来ることを想像して、高校三年間、勉強を頑張って、望み通りの良い大学に入ったのに……。
ここにきて、一体なぜ何を戸惑うのか、私。
早く成人式の会場に向かうんだよ。
でも、玄関のドアを開けるのが、怖い。怖かった。
中学時代に私をいじめてくれたあの子を成人式の場で見下してやりたいのに、でも、そううまくいくのか、返り討ちにあうかもしれないという不安と恐怖だ。
いや、そもそも、あの子が成人式なんて大人が決めた行事に参加するのだろうか?
相手が成人式に出てくるという大前提を「出てこなかったら?」と疑ったことは一度もなかった。
私は高校三年間一体何やって来たのだろう、バカバカしい……とさえ思えてきた。
中学時代のいじめっ子たちを街中で見かけてきた時と同じく、ここでも現実から目を背けて逃げ出した方が楽だとも思えた。
それが私らしい姿……なのだから。
私は回れ右をして、現実という玄関のドアに背を向けた。
「ん?」
振り返ると、両親と弟が私の姿をニヤニヤした顔で眺めていた。
「姉ちゃんにまたひとつ勉強を教えてもらった。これが馬子にも衣裳」
「こら。そこは綺麗だねって言うものよ。それがモテる男のさりげなさよ」
「成人式に行って、帰ってきたら、もう大人なんだな。お父さん、なんか複雑な気分だよお」
「はいはい。泣くのはお布団のなかでね」
私の家族たち。よく言えば明るい、悪く言えばうるさい。
中学時代いじめられっ子だった私には不釣り合いな家族であった。
そこにおばあちゃんが出てきて言った。
「もう出かけちゃったかい?」
「いいえ。まだいますよ」
「そうか。早く成人式に行っておいで。大人になった自分が、そこで待っているからね。本当の自分を待たせちゃ駄目だ」
「――!」
おばあちゃんのその言葉を聞いて、私は頭の中に稲妻が走ったかのような衝撃を覚えた。
ああ。私は勘違いしていたのだ。
誰かを見下すために、今日の成人式を迎えたわけじゃなかった。
会いたかったのは、暗かった子供時代にサヨナラと言える本当の私。
大人の自分に会いたかったのだ。
私は玄関を開け、外の世界に飛び出した。
「いってきます!」
大人になったあなたという私に会いたい。
本日は快晴。晴れ着も踊った。
<終わり>
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