夢幻の友人

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 図書館から借りてきた物語を読み終えるのには三日の時間を要した。いや、三日の時間しか要さなかったという表現の方が正しいかもしれない。  火曜の昼休みに一冊借り、家に帰って読む。それからまた次の日の昼休みに借りた本を返し、次の一冊を借りた。その流れで、木曜の昼休みに最後の一冊を借りた。  最後の一冊の中に見知らぬ紙切れが挟まっていることに気が付いたのは、本を借りる前、昼休みの時間いっぱいを使ってその小説を読もうとしたときだった。  物語の完結を待ち望み、心持ちでは勢いよく、手先では繊細にその小説を開いた僕の手は、ページの隙間からひらひらと零れ落ちた紙切れを前にピタリと止まった。栞だろうか、そう思ったが、それにしては紙の材質がコピー用紙のように薄くよれよれで、栞のように縦に細長いということもなかった。  それが手紙の一種であるということに気が付いたのは、その紙に文字が書いていることに気が付いたからだ。  その紙には、可愛らしい小さな文字でこう書かれていた。 「城野(しろの)さん、この小説の感想をどうか聞かせてください」  その一文に僕は驚愕した。正確に言えば、驚かされたのは初めの数文字に、だ。  城野というのは僕の苗字だ。どうやら、誰かが僕に向けて手紙を書いてきたようだった。  一体誰が、何のために。僕の苗字を知っていて、さらに僕がこの本を今日、借りようとしていることを知っている人間なんて、そうそういない。それどころか、一人として思いつかない。  しかし、謎の手紙に出会ったという驚愕と隠し味の興奮はすぐに熱が引くように冷めていった。いや、きっとこれは僕に宛てられた手紙ではなく、「城野」という名前の別の誰かに送られた手紙だろう。それをたまたま僕が見つけてしまい、その「城野」が自分であると結論を急いだだけに過ぎない。  果たして、そんな偶然が起こりうるのか、という疑問も湧いたが、友人が一人としていない僕がそんな手紙をもらうことの方が可能性としては低いように思える。だから、僕はその解釈してしまうことにした。  冷めてしまった料理は温かい料理よりもはるかに味が落ちるものだ。納得できる解釈を用意できた僕は、手紙を適当なページに挟め直しお預けを食らっていた小説を読み進めた。そして、先の二冊のように昼休みの間には読み切れず、その本を借りて図書室を後にした。  だが、食品ロスを嫌ったからだろうか。僕は知らず知らずのうちに、その料理をもう一度火にかけ温め直していたらしい。家に持ち帰った本を読み終え、ある程度の読後感に浸った後、ふと昼休みに発見した手紙のことを思い出した。その手紙は、まだ小説のどこかのページに挟めている。探すのは難しくない。本の背表紙を持って、ひらひらと本を揺らせばいいだけの話だ。  郵便屋でもない限り、自分宛てに書かれたなどただの紙切れに過ぎない。だが、そこで再びあの疑問が蒸し返される。果たして、僕がちょうど読み始めた長編小説の最後の一冊に、「城野」という別の人間に宛てられた手紙が入っているような偶然が起こりうるものだろうか。  その疑問を解決するのは極めて簡単だ。  僕は勉強机の上に開かれていたノートの一ページを大胆に千切った。
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