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「はじめまして……でよろしいのでしょうか。
どうしてあなたが僕にこの手紙を送ったのかは定かではありませんし、それどころかあなたが何者かも定かではありません。
しかし、自己紹介の一つもしないところを見ると、きっとそんな質問を投げかけるのは野暮ったいことなのでしょう。ですので、すぐに質問への回答したいと思います。
端的に言えば、僕はこの小説を酷く気に入っています。特に気に入っているのは、やはり物語の結末でしょうか。悲劇で幕を開け、そのまま悲劇で幕を下ろしたような、そんな物語です。ブラスバンドの合奏が止まらないように、動き出した悲劇は止まってはくれない。しかし、そんな中でも主人公とヒロインはささやかな幸福を見つけます。地獄の中に咲いた一凛の花、とでもいうのでしょうか。悲劇の中に佇むその幸福は、灰色の日々から色を吸って成長したようにとても色彩が豊かに見えました。僕はきっとこんな物語を探していました」
あなたはこの物語に対して、どのような感想を持ったのでしょう。そこまで書いたところで僕はペンを置き、つけていた卓上ライトの明かりを消した。
やれやれ、僕は一体何をしているのだろうか。
自分宛てに書かれたかもわからない手紙に返事を書くなんてどうかしているし、ましてや、どうしてあれだけの少ない文字数の質問に対して、ここまで長い返答する気分になったのかは自分でもよくわからない。
もしかしたら僕は少ながらず、この手紙が巻き起こしてくれるかもしれない奇妙な出来事に期待を寄せていたのかもしれない。この手紙にいつか返事がきて、そこから正体不明の人物との文通が始まるのかもしれない、と。
そして、その期待は意外にも形になった。
僕は自分の書いた手紙を小説の適当なページに挟み、金曜の昼休み、その小説を返却ボックスの中に入れた。
返事は来週になるのだろう。馬鹿馬鹿しい話だが、僕はそこで初めて自分に正直になった。やはり僕は手紙の返事を期待している。
カレンダーの色が三回変わり、元の色に戻ってきた。僕はその日の昼休み、自分自身を鼻の穴で嘲る準備をしながら、もう一度例の小説を取りに向かった。
結果的に、その本には新たな紙切れが一枚挟まっていた。
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