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 大家は先にマンションの前で待っていた。 「桝野さんになにかあったんですか?」すぐにそう尋ねてきた。 「いまはまだ詳しいことは言えません」滝本はすげなく答えた。それでも大家は嫌な顔をしなかった。ここから車で五分ほどのところに住んでいるらしい。終わったら鍵を持ってきて欲しいと言われた。  401号室は角部屋だった。1K7畳の部屋だ。玄関を入るとすぐに扉が二つある。バスとトイレだろう。短い廊下を進むと内扉があって小さなキッチンと部屋がつながっていた。部屋のは窓が二つ。小さなベランダに続くそこそこ大きな窓と部屋の奥にある小さな窓だ。その小窓のそばには机が置かれていた。木製の机ではあったが、そこまで値の張るものでもなさそうだ。その机の上には書類が積み上がっていた。机の脇には本棚、壁伝いには小さなクローゼットとキャビネットが置いてあった。座卓が畳んで立てかけられていて、布団も畳んでその脇に置かれていた。 「ベッドじゃなくて布団派か」滝本がそう呟いた。そして滝本はキャビネットを開けて何やら探し始めた。  箕島は机のそばに寄る。積み上がっていた書類を手に取った。難しい記号が書かれていた。そういえば桝野は理系だったと思い出す。  その書類には細かい字で丁寧に書かれていた。授業で使うものだろう。桝野は準備を怠らない奴だった。箕島はそれを手に取りながら、学生時代の桝野とのことをを思い出していた。  桝野の家と箕島の家の距離は歩いて10分ほどの距離だった。小学校の頃から一緒に遊んでいた。その頃は桝野も活発な子どもだった。中学に入ると箕島は剣道部に入り、朝から晩まで部活に明け暮れた。桝野は運動部には入らなかった。なんの部活だったかも覚えていない。桝野はとにかく頭がよかった。桝野は余裕で箕島はギリギリで同じ高校に進学した。箕島は高校でも剣道に明け暮れた。大学には推薦で進むつもりだった。だが担任から「これ以上点数が下がると推薦枠から外れるぞ」と告げられた。それで箕島は桝野に泣きついた。桝野はその頃から教えるのは上手だった。その頃によく二人で将来の夢について語り合った。箕島は刑事に、桝野は学者になりたいと二人で恥ずかしげもなくよく話していた。箕島は桝野ほど頭がよかったら学者になれるだろうなと思っていた。  箕島は桝野のおかげで推薦で入学できることとなった。桝野も無事第一志望に入学することとなった。桝野が京都に行く前に二人で最後に会うことにした。くだらないことを遅くまで話し、夢を叶えたら絶対会おうと言って別れた。それから桝野には会っていない。箕島は大学に入ってすぐに実家を出た。それから警察官になりほとんど実家には帰っていない。まさかすぐ近くの桝野の家がそんなことになっているなんて考えもしなかった。
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