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 聞いていた名前の店はすぐに見つけることが出来た。店内は真ん中に大きなカウンターがあり、その周囲がテーブル席になっていた。照明も落としてあり、確かに居酒屋のわりに洒落た感じだった。だが個室や半個室というわけでもない。受付の女性が言っていた通り不倫だったらこの店を選ぶだろうか。  滝本は店長に話を聞いた。店長は「覚えている」とはっきり言った。 「連れの女性が綺麗な女性だったんで覚えてますよ。いや、このへんの人達は皆さん綺麗にしてらっしゃいますよ。でもなんていうか、隣の男性とあまりにも雰囲気が違ったんで。それで覚えてます」  接客を担当したという男性店員にも話を聞くことが出来た。 「付き合ってる? うーん、そんな感じじゃなかったですけど。でもどちらかというと女性のほうが積極的な感じでしたね。男性はそうでもなかったっていうか」 「そうでもなかった?」 「もしかしたら女性慣れしてないだけかもしれないですけど、なんか緊張してるようでした」  母親の介護に追われていたから、女性慣れしていないというのはあるかもしれないと箕島はぼんやり思った。きっとデートなんてしてる時間はなかっただろうし。  滝本はそのまま席に案内してくれるように頼んだ。本当に利用していくらしい。 「魚がうまいから食ってけ」とメニューを広げた。そして「酒は飲めないが」と断りを入れて注文し始めた。 「どこか泊まるところは決めたのか?」滝本は突然箕島に尋ねた。 「いえ」 「署の仮眠室で寝るのはやめておけよ。今日くらいちゃんと眠っておけ。明日はどうなるか分からねえんだから。あ、俺の家は駄目だぞ。片付ける暇がもったいない」 「それは考えてませんでした」そう言って箕島は笑った。よほど汚いんだろうなと想像した。箕島も他人のことは言えないが。  注文したものがやってきた。滝本は心なしか楽しそうだった。 「シラスも美味いが、サバも美味いぞ」滝本はそう言って皿を寄せてきた。箕島は困ったように眉を下げた。 「アジの唐揚げでーす」また同じ若い女性の店員が料理を持ってきてくれた。  滝本はそういえばとその店員にも先ほどと同じように尋ねた。すると何故か彼女は顔を顰めた。 「男の人って美人が来ると落ち着かないから」そう言って口を尖らせた。 「覚えてる?」 「覚えてますよお。奥から顔出す人もいたし」それは厨房からわざわざ見にきたということだろうか。箕島も苦笑するしかなかった。 「でもめっちゃ化粧映えするっていうか。ここには綺麗にして来てるだけで、普段はすごく地味なのに」 「普段?」慌てて箕島は繰り返した。
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