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「──落ちたな」
箕島の隣で一緒に見守っていた鈴木がそう言った。
「ええ」
「一番おいしいところを滝本に持っていかれた」鈴木は拗ねたようにそう言うと腹を揺らした。
それは仕方ないと箕島は思った。滝本の執念は学ぶべきところがたくさんある。
「ああ、滝本みたいにはなるなよ? 家庭が崩壊するからな」鈴木は箕島を横目で眺めるとそう言った。それは冗談のつもりなのだろうかと箕島は返答に困る。
鈴木は「先に戻る」と告げドアに向かって歩き出した。
「──お前もよくやった」すれ違いざまにそう言って箕島の肩を叩いて部屋から出て行った。箕島はドアに向かって頭を下げた。そもそもは鈴木の判断がなかったら、真実には辿りつけなかった。
「ありがとうございます」箕島は誰が聞いてるわけでもないのに、そう言葉にしていた。
**
箕島は弁護士を通じて桝野に「いつまででも待ってる」と伝えた。
いくら真実を供述したところで、桝野が人を刺したという事実は消えない。それなりの償いをしなくてはならないだろう。それでも箕島は待つと決めた。
それに待ってるのは箕島だけではない。桝野の勤め先の東堂も戻ってくるのを待つと言ってくれていた。桝野の隣に住む青年はニュースを見て滝本のもとに駆け込んできたという。
「桝野はもっと周りに目を向けたほうがいい。自分一人で抱え込み過ぎだ」
久しぶりに連絡をとった滝本はそう言って苦笑していた。
箕島は刑事第二課暴力犯係への異動願を提出した。受け取った鈴木は珍しく眉間に皺を寄せた。
「だから滝本と一緒に仕事させるのは嫌だったんだよねえ」そう言って長いため息をついた。
滝本と一緒に仕事をすることは叶わなかったが、箕島はいま刑事第二課暴力犯係に所属している。
桝野のことを時折思い出す。
きちんと罪を償ったら桝野と会って話がしたい。事件のことなんてどうでもいい。もう一度、空を見上げながら桝野とくだらない話がしたい。
「──箕島、ぐずぐずするな。行くぞ」
そう先輩から声がかかる。箕島は急いで上着を手に取り駆けて行った。
〈了〉
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