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詳しい事情も分かってないのに、本来ならそのまま二課の暴力犯係が担当すべきだ。だがいま暴力犯係は大きな案件の山場を迎えている。それで殆どの人員がそれに割かれていた。忙しい時は手を貸す。頭では理解していたが、それでも連続強盗犯の案件を終わらせたばかりで溜め息をつかずにはいられなかった。
箕島は長くなった前髪をかき上げた。いつから散髪に行っていないのか。それももう思い出せなかった。取調室の前で立ち止まって、手に持っていた資料を確認する。どうせ同じ沿線なら日ノ出町か黄金町駅でやってくれよ。箕島は心の中で毒づいた。そして溜め息をつくと、取調室の扉を開けた。
取調室の事務机の前でその男は静かに座っていた。そして今日の相棒の加藤が机の脇に立っていた。箕島が部屋に入ると加藤は軽く頭を下げた。加藤は刑事になって二年目だ。まだ新人癖が抜けず少々チャラついたところはあったが、それでも仕事は間違いなくこなす将来有望な後輩だった。
箕島は椅子を引き、男と向かい合わせになるように座った。男は何故かぼんやりと側面の壁を見ていた。書類を見ながら声をかけた。
「えっと、アンタが自首してきたって人?」まずは軽く話しかける。だが男は反応を示さなかった。刺された構成員はヤクの売人の元締めと噂される男だった。もしかしたらこの男もヤクの常習者かもしれない。だとすると証言を引き出すのに少し厄介だと思った。箕島は心の中で舌打ちをする。
チラリと男を見た。こざっぱりと切り揃えられた髪には、白いものがちらほらと混じっていた。身につけた白いシャツは清潔なものだったが、サイズが合っておらずまるで借り物のようだった。最近痩せたのだろうか。首もとは筋張っており、顔も皺が多く刻まれていた。見かけからはヤクの常習者かどうかは判断しかねた。箕島は書類に目を落とした。
「確認するぞ。藤沢市在住の桝野拓海さん。年齢は三十……歳?」
箕島と同年齢だった。同年齢のその名前に覚えがあった。自然と声がうわずった。男はそれに反応したように、ゆっくりと箕島に顔を向けた。その顔には確かに面影があった。
「──桝野?」口からついこぼれた。
男はそれを聞いて、箕島をじっと見つめた。そして何か気がついたように、笑みを見せた。
「もしかして箕島くん? 箕島裕くんじゃない?」男は年季の入った銀縁眼鏡を押し上げた。
「あ、ああ」箕島は慌てて相槌を打った。
「何年ぶりだろうね。十年以上になるか」
「そ、そうだな」
「こんなところで再会するなんて思ってもみなかったな」そう言って薄く笑った。箕島のほうが強張った顔を崩せないでいた。
「昨夜、人を刺したって……」
「ああ、南太田の駅でね。誰でもよかったんだ。むしゃくしゃして殺してやろうと思って刺した」なんの躊躇いもなくそう答えた。ただ淡々と。箕島はそんな桝野を凝視するしか出来なかった。青白い顔と痩せた身体は、目を離すとそのまま透けてしまいそうに見えた。隣に立っていた加藤が部屋から出て行ったのにも気がつかなかった。
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