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 取調室の扉が開いたのにも気がつかず、箕島は肩を叩かれて我に返った。顔を上げるとそこにはベテランの熊楠(くまぐす)が立っていた。身体も大きく名前のように熊のような男だ。だが怒らせなければ穏和でなんでも教えてくれる先輩だった。 「交代」 「い、いや」 「係長命令だからな」  箕島はもう一度桝野に目を向けた。桝野は薄く笑いながら、下を向いていた。  熊楠は容赦なく箕島を追い出した。取調室の前で立ちすくむ。桝野が? そんな馬鹿な。箕島は音を立てて歩き始めた。  一課の部屋に戻ると、係長の鈴木が涼しい顔で眼鏡を拭いていた。太鼓腹で暑がりなわりにラーメン好きだ。きっと今もラーメンを食べて戻ってきたに違いない。 「係長」箕島は鈴木のもとに真っ直ぐに向かった。 「どういうことですか? 取調べは俺がやれって言われてましたけど」 「ああ、うん。そうだったね」鈴木は何食わぬ顔で答えた。そして念入りに拭いた黒縁の眼鏡をかけた。「でも箕島くんと知り合いでしょ?」  鈴木にそう聞かれて箕島は一瞬躊躇した。 「え、ええ。まあ。でも俺なんか生まれも育ちも横浜なんですから、そんなこと言ってたら知り合いばっかで取調べなんて一生出来ませんよ!」 「うん、まあねえ」鈴木は愛用のサスペンダーの位置を直しながら答えた。鈴木はたいがいワイシャツにスラックス。そしてサスペンダーは欠かさない。 「でも加藤くんがね『あんな箕島さん見るの初めてだ』って。深い知り合いじゃないかってね。それだと手心を加えちゃうでしょ?」 「手心もなにも。桝野は自分がやったって。むしゃくしゃして殺すつもりで刺したって」 「のとじゃ全然違うのは知ってるでしょう?」 「そりゃ知ってますけど……まさかそう誘導するとでも?」 「しないとは限らないよねえ。しかも相手は暴力団構成員。ヤクの元締めだ。そうそうどうやら命に別状はないらしいよ。まだ意識は取り戻してないみたいだけど」  箕島は舌打ちをしそうになって、いったん固く唇を結んだ。そしてゆっくりと口を開いた。 「心外です。そんなことはしません」 「犯人はすんなり自供してるんでしょ? だったら問題ないじゃない」  箕島はしっかり資料を読み込んでおけばよかったと後悔した。そうすればこの違和感についてもっと説明できただろうに。鈴木はどこからか椅子を引っ張ってきた。座れということだろう。箕島は力なく腰をおろした。
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