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 桝野の住むマンションは藤沢駅から徒歩十五分のところにあった。八階建てのグレーのマンションは築二十年経っているとは思えない外観だった。耐用年数を考えればそう古いほうでもないのかもしれない。エントランスには運よく掃除をしている管理人がいた。滝本が声をかけ、桝野の部屋に用事があると伝えた。管理人はすぐに管理会社に電話を入れた。管理会社はよくある不動産屋の関連会社で、すぐに答えが返ってきた。 「大家さんが近くに住んでるので連絡しているそうです」  不動産屋は合鍵を持っていないという。大家は外出先で夕方には戻ってくるという。待ち合わせ時間を決めてその場を後にした。 「職場は確か駅前だったな」車に乗り込むと滝本はすぐにそう言った。  全てが滝本のペースだった。箕島はただ後ろからついて行くだけだ。 「あの」 「なんだ?」 「滝本係長に聞き込みまでやらせちまうのは申し訳ないっていうか」箕島は口ごもった。滝本はそれにすぐには答えなかった。 「なんだおまえ。気がついてなかったのか?」なんのことだろうか。滝本は箕島に顔を向けることなく続けた。 「昨夜の事件について自首してきた男の名前はまだ発表されてない。あくまで犯人は捕まったので心配することはないというアナウンスをしただけだ。刺されたのは暴力団員。組絡みなのかどうなのか慎重に捜査してるってことになってる。それなのにいきなり〈南中央署〉を名乗られたら聞かれたほうは事件と結びつけちまうだろ」  桝野の名前を発表していない? それは間違いなく鈴木が提案したことだろう。何故だ? 理由は──? 「依田が最近藤沢に出入りしてるって話はあちこちで聞いてる。本格的に藤沢に出張ってくる前になんとかしたいと思ってはいたが、そうそううまいこと尻尾を掴めなくてな。まあ、鈴木さんは俺がそう言ってたことを思い出したんだろ」  なるほど。どうやら鈴木は思惑があって箕島のことを滝本に持ちかけたようだ。  桝野は駅前からすぐのところで塾の講師をしていた。警察が来るということを予想していたらしく、受付に話すとすぐに奥の部屋に案内された。そこは会議用なのか事務的な長机がコの字型に並んでいる小さな部屋だった。 「この塾の責任者をしております東堂(とうどう)と申します」  部屋に入ってきた四十代と思われる男性が名刺を差し出した。そこにはこの塾の名前と肩書きとして取締役と書かれていた。  滝本は簡単に名乗ったあとすぐに「ここの経営者の方ですか?」 「ああ。取締役って書いてありますけど実際の経営者は兄がやってます。私は現場の責任者という感じですね。どの塾にどの講師の割り当てるとかスケジュール管理が主な仕事です。講師と授業の進め方の打ち合わせなどしたりもします」 「どの塾?」 「ええ、藤沢の他に大船や鎌倉、茅ヶ崎なんかにも教室がありますから」  大船。桝野は大船にも行っていたのだろうか。
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