鬼の手助け

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 このままリーエンの所でお世話になるわけにはいかないので、ジェードとセルリアは二人で向かい合って今後について話し合った。 「それにしても、こんな小さな村まで来るなんて、エル……アンセット伯代理はねちっこいね」 「エルデですね。僕は魔王への捧げ物だったわけですからね。皆躍起になって探していると思います」  二人とも顔が割れているだろうから、外へ出た瞬間捕らわれるだろう。ジェードの龍に変化する力が使えれば光明が見えそうだったが、自分自身どう変化したか分かっていないので、それを頼りに動くのはリスクが高いと思った。 (あれは、中途半端な龍化なのかな)  遠い昔に誰かが龍の姿になったのを朧気に覚えていた。だが、ジェードは体の一部が龍化しただけだった。きちんと龍化出来れば空も飛べそうだと思ったのだが――何となく、完全な龍化はやってはいけないような気がした。  しばらく悩んでいると、セルリアが話を切り出した。 「……ねえ、ジェード。私達、海を渡らない?」 「……海?」 「東の国へ密航する」  セルリアの提案に、ジェードは前髪の奥で目をこれでもかという程見開いた。 「ひ、東の国に!?」 「この大陸にいたら、きっといつか捕まっちゃうかもしれない。それなら、アンセット領が手を出せない東の国に行くのが良いと思うの。……故郷に近づいてしまうのは、嫌かもしれないけれど……」  確かに、東の国は貿易船すら規制しており、こちらの文化はほとんど流入しようとしない国家だ。そちらに兵を向けるなど、絶対に出来ないだろう。  そして、東の国は不思議な海域に守られている。少しでも航海ルートを間違えれば、海に住まう怪物が船を転覆させるという。エルデに魔王の後ろ盾があったとしても、簡単に手を出せないはず。 「大丈夫です。ここにいるよりも東の国に行った方が安全でしょうから。でも、密航なんてそんな事出来るんですか?」 「密航経験は、あるんだなーこれが」  セルリアは自信満々そうに胸を張るが、決して自慢できる事ではない。だが、その経験が今活かされるので、何も言わない事にした。 「運よく、ここには船がいくつも停められている。そのどれかにこっそり乗せてもらおう」 「ですが、船着き場には兵がいるでしょうし、船内をチェックされる可能性が高いですよ。それに、船着き場まで見つからないようにどう行動すれば良いか……」 「それが問題なんだよねえ……」  密航するにも、船着き場に着くまで無事に辿り着く事が出来るか不透明だ。ジェードはセルリアと共に打開策を考えたが、どうにも煮詰まってしまい、良い案が出て来ない。  二人でうんうんと唸っていると、扉がノックされてコーヒーカップを二つトレイに乗せてリーエンが室内に入って来た。 「食後の紅茶でもどう? ……あら、何か悩み事?」 「そうなんですよねえ……実は……」  セルリアは、ジェードと二人で話し合っていた事を、リーエンにも簡潔に説明した。ジェードにとっては、まだ会ったばかりの女性だが、自分が眠っている間にセルリアとリーエンには信頼関係を築いたのだろう。人見知りのジェードはそこまで打ち解けられないので、人当たりが良いセルリアに羨望の眼差しを送った。 「なるほど……。船を使って東の国に……」  紅茶を二人に渡すと、リーエンはトレイを片手に持ちながら考える素振りを見せた。 「東の国に行きそうな船を探して密航したいんですけど、兵の目もあってなかなか難しそうなんですよね……」 「そうねえ……。今朝港の方を見て来たけど、アンセットの兵達が船一艘くまなく確認していたわね。監視をかいくぐるのは難しいかも……」  セルリアは、ジェードが眠っていたベッドに腰掛け、紅茶を一口飲む。 「うーん……。とても親切で船を貸してくれて、アンセットの兵が手出し出来ない身分の高い人いないかなー……」 「そんな人いるわけがないじゃないですか……」  あの地下牢を脱出出来ただけでも奇跡に近いのだ。そんな都合の良い事がポンポンと怒るはずがない。ジェードはそう思ったのだが―― 「身分の高い人……?」  引っかかりを覚えたリーエンが、ハッとした表情を見せた。 「え、リーエンさん心当たりあるんですか?」 「この村に女の子と執事の二人組が来ていてね。確か東の国から来たって言っていたわ。執事を連れているから、身分の高い子だと思うんだけど……」 「執事連れ! しかも東の国から来ている!! これは光明が見えたね、ジェード!!」 「ええ……。でもその人達が協力してくれるとは思えないですが……」  もう密航が成功したと言わんばかりの笑顔を見せるセルリアに、ジェードは静かに突っ込む。運よく何処かの令嬢がこの村に滞在していたとしても、面識のない人に彼女が手を貸す確率なんて無いに等しい。 「まあ、最初から無理だって決めないで話してみようよ! リーエンさん、その人達をここに連れて来る事はできますか?」 「ええ。泊まっている宿は知っているから、ちょっと探してくるわね」 「本当に良いんでしょうか……」  リーエンにもそうだが、見ず知らずの人達に迷惑をかける事に抵抗がある。ジェードは不安げにセルリアを見上げた。 「大丈夫だよ、ジェード。この恩は後でしっかりと返そう!」 「……でも……いえ、そうですね」  もし失敗したら、リーエンも、セルリアも命を落としてしまうのではないか。後ろ向きな考えがジェードの脳を占めていたが、このまま行動しないのはその嫌な想像を現実にしてしまうだけだ、と考えを振り払った。 **  リーエンが二人組を探しに家を出て行ってから、セルリアは先程ご飯を食べたテーブルの椅子に隣り合わせで座っていた。最初はセルリアといくつか会話をしていたが、リーエンが連れて来る二人組が自分達の今後を左右する、と思ったら緊張が増して会話も減っていった。 リーエンが出ていってから一時間が経った頃、彼女は少女と青年の二人組を連れて来てくれた。  高貴な存在だと言われていた少女は十代半ばだろうか。ジェードよりも身長がやや低い。藍色のドレスは確かに位の高い者が着るもののように見えるが、何故か不自然に赤い頭巾を被っており、頭部を隠している。少々ぼんやりとした印象を受ける表情だが、金色の瞳は凛とした強さを感じさせる。  少女の隣にいる男は藍色のスーツをきっちりと着ており、眼鏡の蝶番を指で押す姿は神経質そうに見える。眼鏡では隠せない鋭い緑色の瞳がジェード達を睨んでいる。光の加減でブロンド髪にも見える白髪は、左胸のところで緑色のリボンによってゆるく結われていた。 「ヴェニットちゃん、この人達が駆け落ちして東の国に行きたい人達よ」  リーエンが笑顔で少女——ヴェニットはコクリと頷くと、ジェード達の向かい側に座った。彼女の執事である男は椅子に座らず、壁側で背筋を伸ばして立ったまま、ジェード達を睨んだ。  それよりも、リーエンの言葉が聞き捨てならず、ジェードは顔を真っ赤にさせた。 「リーエンさん! か、駆け落ちって……!」 「あら、違うの? セルリアちゃんから聞いたのはそんな感じだったんだけど」 「ちょ、セルリアさん!? どういう事——」 「まあまあ! そんな事よりまずは話をしないと! ヴェニットさん、で良いのかな? あたしはセルリアです! で、こっちはジェードです! よろしくお願いします!」  言いたい事がたくさんあるジェードだったが、このままでは話が進まないので、今回はそれ以上突っ込まない事にした。  騒がしい二人をヴェニットは静かに見つめていた。 「……敬語はいらない。私はヴェニット。従者のハクゲツと旅をしている。何かお困り事?」 「では、お言葉に甘えて……。そうなの。実は――」  セルリアは二人の現状を話した。ジェードはアンセット領に捕まっていた事、アンセット領が魔王に支配されているかもしれない事、追っ手から逃れる為東の国へ向かいたい事——ジェードが龍の血を引く男という点は念の為伏せられていた。  ヴェニットは頷きながら話を聞いていた。全ての説明を聞き終えると、ヴェニットはハクゲツの方を向いた。 「……ハクゲツ」 「私は反対ですよ。アンセット領や魔王に反する行為をし、貴女が狙われたらどうするというのです」 「でも、困っている人は助けてってお兄に言われた」 「それとこれは話が別です!」  ヴェニットという少女はこちらに協力してくれそうな雰囲気があるが、従者であるハクゲツがなかなか厄介な男のようだ。主人であるヴェニットがジェード達を助けたいと言っているのに、ハクゲツは首を縦に振らない。従者というより、お目付け役のような男だ。 「あの、ハクゲツさん……」 「貴方達がどう言おうと、ヴェニット様は協力しません。残念ですが、別の人を当たってください。さあ、ヴェニット様行きましょう」  セルリアが説得しようとしたが、ハクゲツは聞く耳を持たない。ヴェニットを立たせようと彼女に近寄って椅子に手を掛ける。ヴェニットが立ったら椅子を引くつもりなのだろう。  しかし、ヴェニットは椅子に座ったまま、キッチンで紅茶を淹れようとしているリーエンに視線を向けた。 「……リーエン。宿に忘れ物をしたので、取りに行ってもらってもいい?」 「え? ええ、良いけど、どんな物?」 「こう、丸くて、大きいの……」  ヴェニットがジェスチャーで丸を表現する。リーエンは不思議そうな顔をしたが、ヴェニットの意図に気づき、微笑んだ。 「分かったわ。ついでに買い物もしてくるから、時間を頂戴ね」 「ありがとう、リーエン」  リーエンは買い物支度をして出かけていった。リーエンを見送ってから、ハクゲツが怪訝な表情を見せた。 「……ヴェニット様。リーエンさんを外出させて、何を言おうとしているのですか?」 「……ハクゲツ。貴方もこの人から感じるでしょう?」  ヴェニットが静かに言うと、思い当たる節のあるハクゲツは眉間に皺を寄せた。何が何だか分からないジェードとセルリアは顔を見合わせたが、ヴェニットの次の言葉に目を見張った。 「……貴方、人間じゃない血が入っている?」
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