鬼の手助け

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「人間じゃない……血?」  ジェードは龍の血を受け継いでおり、その証拠に龍化をする事が出来る。だが、見た目はただの人間のはずだ。戸惑っているジェードに、ヴェニットは不思議そうに首を傾げた。 「貴方は、私から何か感じない?」 「何か……?」  目の前にいるヴェニットは、赤い頭巾を不自然に被ったところを除けば普通の少女だ。彼女の言う「何か」が分からないジェードは、ヴェニットと同じく首を捻った。  ヴェニットは「分からない人もいるのか」と1人で納得するとジェードに再度問う。 「……貴方は、鬼?」  ヴェニットの口から出た予想外の単語に、ジェードとセルリアは同時に「えっ?」と声を漏らしてしまった。  鬼とは、東の国に生息している人の姿をした種族だ。人よりも一回りも大きく、獰猛で恐ろしい存在だと言われている。  成人男性としてはやや身長が低いと思っているが、まさか鬼に間違われるとは思わなかった。 「いえ、鬼ではないです」 「……そう。気配が私達と似ていたから、そうかなって思ったんだけど」 「……私達?」  思わず聞き返すと、ヴェニットは赤い頭巾を解いて頭部を露わにした。翡翠色の髪を右サイドの低位置で一纏めにした、可愛らしくも大人っぽさも感じられる。そして、彼女の額には―― 「角!?」  黒い二本の角が生えていた。少女には似合わない鋭い二本の角を目の当たりにし、ジェードだけでなく隣のセルリアも驚嘆の声を上げた。  ハクゲツは突然主人が角を晒した事に動揺したようだった。 「ヴェ、ヴェニット様!! あれ程人前では角を見せないようにと伝えたのに……!!」 「でも、この人達は良い人そうだから大丈夫」 「そう言って何度騙されて攫われそうになったと思っているんです!?」  どうやらハクゲツは主人の信じやすい性格に随分と苦労をさせられてきたようである。  まさか人間ではないとは驚いた。しかし、頭部を隠していないハクゲツに角は生えていなかった。ヴェニットが「私達」と言うのだから彼も鬼のはずだが、角の無い種族もあるのだろうか。  ジェードが思考している最中も、ハクゲツが今までの苦労をヴェニットに聞かせていたが、これでは話が進まないと感じたらしいセルリアが止めに入っていた。  素性を明かしてくれたヴェニットに、こちらも応えないといけない、とジェードは口を開いた。 「僕は鬼ではありませんが――龍の血を引いています」 「龍!? ヴェニット様!! この者達は同族じゃないそうですよ!! それなのに安易に正体を――ムグ」 「ハクゲツ、黙って」  捲くし立てるハクゲツの口を、ヴェニットが手で塞いだ。 「貴方達、東の国に行きたいから、私の乗ってきた船に乗りたいのでしょ?」 「うん。今は手持ちがないからすぐには謝礼を払えないのだけれど……。恩は必ず返すよ。これでも傭兵の端くれだったからね」 「……分かった。私の船はホンビアント家の物だから、無闇に船内を詮索される事はない」  ヴェニットから出て来た「ホンビアント」という名前に、ジェードは思わず勢いよく立ち上がってしまった。 「ホンビアント家って……東の国でかなりの名家では!?」  外の情勢に疎いジェードだが、東の国については少々学んでいる。  ホンビアント家。和を文化とする東の国で一番に異国文化を取り入れた風変わりな領主がシャヨメという地を治めている。  東の国では、ジェードのように龍の血を受け継ぐ者もいるので、ヴェニット達のシャヨメという領地は鬼の血を受け継ぐ者達が治めているのはそんなに珍しい事ではない。  ヴェニットが高貴なのは、最初から気付いていた事だが、まさか名家だとは思っていなかったらしいセルリアは驚いた様子だった。  ずっとヴェニットに口を封じられていたハクゲツだったが、ようやく振り払う事が出来た。 「ヴェニット様!! この者達は兵士に追われている身なのですよ!? 犯罪の片棒を担ぐおつもりで!?」 「犯罪者なの?」  ヴェニットがきょとんとして聞いてきたので、ジェードは首を振った。 「いえ、罪は犯していません」 「犯罪者じゃないって」 「そりゃあ本人は認めるわけがないでしょう!?」  あっさりと信じたヴェニットに、従者は白髪を振り乱しながら叫ぶように言った。やはり、ハクゲツは主人に大分苦労しているようだ。 「……誰かが困っていたら助けてあげるってお兄と約束した。だから、この龍の人達を助けたい」 「それは先程聞きました! しかし、犯罪者かもしれない相手を……!」  言い返そうとしたハクゲツだが、突然ピタリと言葉を止め、ジェードの方を向いた。 「……貴方、龍だと言いました?」 「あ、はい。リュウソウカ出身です」 「リュウソウカ!?」  ジェードの出身を聞いた途端、ハクゲツは素っ頓狂な声を上げた。 「リュウソウカといったら、将軍カワセミ様が治める村の一つでは……!?」 「あ、カワセミは僕の祖父です」 「カワセミ様の!?」  カワセミは、東の国では主要都市を領地としており、かなりの権力を持っている。ジェードのいるリュウソウカという村は主要都市から離れているが、カワセミの故郷であった為、彼の領地としている。  衝撃の事実に、ハクゲツは一歩後退してよろめいてから、ヴェニットに顔を寄せて口元を手で隠し、ひそひそと話す(興奮気味の為、小声になりきっておらず、ジェードには丸聞こえだったが)。 「ヴェニット様、この方々を船に乗せましょう」 「ハクゲツ……私さっきそれ言った」  ヴェニットが眉間に皺を寄せながら言う。  カワセミの孫であるなら、恩を売っておけば恩恵を受けられると思ったのだろう。あれだけ嫌がっていたというのに、随分と現金な男だ。だが、今は了承を得られた事に感謝をする。 「ありがとうございます。ヴェニットさん、ハクゲツさん。この恩は必ず返します」  ジェードがそう言うと、ヴェニットはコクリと頷き、ハクゲツは先程までの高圧的な態度を改め、恭しくお辞儀をした。 **  リーエンの帰宅を待っている間、ハクゲツはテキパキとここを発つ準備をしていた。ヴェニットに赤い頭巾を被るよう促し、ジェードとセルリアには土色の外套を渡し、羽織るよう指示をしてきた。  ヴェニットは、東の国以外では角を隠しているらしい。鬼の角は闇市場で高く取引をされる為、狙われる可能性があるからだ。  龍の血を受け継ぎ、奴隷市に出された経験のあるジェードは、理解が出来ると何度も頷いた。 「ハクゲツさんは角無いんですね」 「ええ。私は角が退化してしまった種族ですので」 「そうなんですか。鬼にも色々な種族がいるんですね。こうして見るとお二人とも人間に見えるのに……」  それを聞いたセルリアが苦笑した。 「あたしだって貴方の事、龍の血を持つ大男かと思っていたよ」  そんな会話をしていると、リーエンが帰って来た。早速、ジェードは彼女にヴェニット達の力を借りてここを発つ事を説明した。 「そう。良かったわね。寂しくなるけれど、貴方達の幸運を祈っているわ」  ジェードとセルリアは、リーエンに感謝を述べ、握手をした。二人がこうして生きていられたのは、危険を顧みずに匿ってくれたリーエンのお陰だ。 「あの、リーエンさん。この服は……」 「あげるわ。主人はもう着られないだろうしね。靴のサイズは大丈夫?」  ずっと裸足だったジェードは、服を貰った後に靴も譲り受けていた。いつも草履だったので少し違和感があるが、少し歩けば慣れそうだ。 「はい、大丈夫です……あれ?」  爪先を地面に当てた時、ふと自分の足が痛くない事に気が付いた。裸足で地面を走り続け、血だらけになってしまった。ジェードが意識を失った間にセルリアが包帯を巻いてくれていたので傷口はまだ見ていないが、目覚めてから痛みを感じていない。 「ジェード君、どうしたの?」 「いえ、何でもありません。ありがとうございます、大切に着ますね」  そんな事より今はアンセット領からの脱出を考えなくては、とジェードは深く考えなかった。  また必ず会う事を約束し、ジェードとセルリアはフードで顔を隠しながらヴェニット達の後を追い、リーエンの家を後にした。 「こっち、ついて来て」  赤頭巾を被ったヴェニットは、町を悠々とした足取りで進む。そのすぐ後ろを従者のハクゲツが、やけに大きなカバンを肩に掛けて歩いている。外套で身を隠しているとはいえ、兵士達がうろつく中堂々と歩けないと思ったジェードだったが、隣のセルリアは辺りを警戒する事なく歩いていた。 「ほら、ジェード。ビクビクした足取りだと逆に怪しいよ」 「は、はい」  セルリアに習い、ジェードは辺りを警戒せずに歩くよう専念する。  外套で姿を隠す者がいたら、誰もが怪しむだろう。案の定、ジェードとセルリアの歩みを屈強な兵が止めた。 「見慣れぬ者だな、名は?」  ジェードは思わず視線を下げてしまう。そんな中、セルリアは顔を下げず、自分の頭一つ大きい屈強な兵を睨んだ。 「私達は召使いでございます」 「ほお? そんな外套で身を隠す召使いがいるのか?」  兵士がセルリアのフードを掴む。ジェードは思わず手を振り払おうとしたが、先に動いたのは、前を歩いていたはずのヴェニットだった。ヴェニットは男の手首を、小さな手が止める。 「……その者達は私の召使い。全身に火傷を負っているから、身を隠している。問題ある?」 「……何だあ、お前……っ!?」  兵は、ヴェニットに捕まれた手首が全く動かせない事に気が付いた。屈強な兵の動きを、ヴェニットは右手一つで動きを止めていた。  ヴェニットの白く細い手に似合わない血管が浮き、物凄い力で押さえつけているのが隣にいるジェードにも伝わる。やはり、この少女は鬼なのだと思い知らされた。  いつの間にかヴェニットの側にいたハクゲツが、目にも止まらぬ動きで兵の首元を掴んだ。兵から蛙が潰れたような呻き声が漏れる。 「ヴェニット様、この不届き者をどうしますか? 二度と口が聞けないようにしましょうか?」 「いい。殺すのは嫌い」  ヴェニットがそう言うと、ハクゲツは嘆息して兵の首を掴んでいた手を自分の腰へと戻した。兵は何度か咳き込みながら、顔を青ざめさせてヴェニットを見やった。 「ヴェニット……? まさか、貴女は……!」 「ヴェニット=ホンビアント」 「ホ、ホンビアント家のご令嬢でしたか! この度のご無礼、どうかお許しください!!」 兵はヴェニットの前で片膝をつき、体を震わせながら謝罪した。ホンビアント家の名声は、このアンセットでも轟いているようだ。 「……謝ってくれたから、もういい。私の船がある港へ案内してくれる?」 「はい! かしこまりました!!」  兵は素早く立ち上がって背筋を伸ばすと、港へと案内してくれた。  村を抜けると、海風がジェードの頬を撫でた。故郷から逃げ出した時は必死だったので気付かなかったが、目の前に広がる一面の海はあまりにも大きく果てしなく、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。  港には漁船や小舟などが停められていたが、その中に一際大きい船が停められていた。 「こちらが、ヴェニット様の船でございます!」 「うん、案内ありがとう」  ヴェニットが礼を言うと、兵は逃げるように去って行ってしまった。屈強な兵が同行していたお陰で、他の兵士がジェード達を怪しむ事は無かった。  無謀かと思われていたアンセットからの脱出は、ヴェニット達のお陰で達成されそうだ。一安心したジェードの肩を、セルリアが自分の肩で押した。 「ヴェニット達のお陰で成功したね」 「はい、本当に……助かりました」  ヴェニットとハクゲツは、船員と話をしているようだった。彼女達はアンセット領より先に用があるという事だったので、ここでお別れだ。 「ジェード、セルリア」  船員と話を終えたヴェニットとハクゲツがこちらに近寄ってきた。 「まずはホンビアント家が治めているシャヨメに寄って。そこに私のお兄がいて、助けてくれると想う。詳細は手紙にして船員に渡した」 「何から何まで……本当にありがとう、ヴェニット」 「気にしなくて良い。私が助けたかっただけだから。あと、これあげる」  そう言ってヴェニットがセルリアに渡したのは、花の形に組まれた赤い紐だった。 「これは……?」 「シャヨメに伝わる組紐。組紐は人と人を結ぶもの。同じ組紐を持っているその人が今どの方向にいるか、どんな状態か知る事が出来る」  ヴェニットも自身の組紐を見せる。ピンチが訪れた時、この組紐は淡く輝くと教えてもらった。 セルリアの手中にある組紐を、ジェードはまじまじと見つめる。リュウソウカにはあまり流通していないものだったので珍しかった。 「貴方達がピンチの時、私達は必ず駆けつける」 「じゃあ、あたし達もヴェニット達にピンチが訪れたら必ず助けに行くよ」 「うん、ありがとう」  ジェードとセルリアは、ヴェニットと握手を交わす。ハクゲツにも、と思ったが彼は「私は握手をする立場にありませんので」と言って軽くお辞儀をしただけで、手は取ってくれなかった。 「気を付けてね。東の国へ行く海流にはウミヘビが出るって噂だから」  別れ際、ヴェニットはそんな言葉を残し、ハクゲツと共に去って行った。
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