鬼の手助け

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 息が出来ない。真っ暗で何も見えない。  そんな中、ジェードは手探りでセルリアを探す。絶対死なせたくない大切な人。 「——本当に、軟弱な男だ」  脳裏で、誰かの呆れた声が聞こえた。それと同時に、ジェードは意識を失った。 **  誰かが呼んでいる。ジェードはゆっくりと目を開いた。  そこは海岸だった。朝日が眩しく、ジェードは目を細める。穏やかな波音が耳に心地よい。  何故ここで突っ立っているか分からず、ジェードは少しの間そのままでいる。  穏やかな海岸。しかし、それに似合わぬウミヘビの死骸。  真っ青な身体だけを見ればこの海を生息地とするウミヘビに見えるが、体長は10メートル程を超えた巨大なもの。いつも深海にいるのか、目は退化しており、鋭い牙が特徴的だ。  そんなウミヘビは、穏やかな波の中にいた。辺りはウミヘビの血で真っ赤に染まっており、血生臭い。 「ジェード……?」  ふと名前を呼ばれ、ジェードは振り返る。そこにはセルリアが立っていた。ずぶ濡れの彼女は心配そうにも、やや怯えたようにも見える表情をこちらに向けている。  どうしてそんな目を向けるのか分からず、ジェードは自分の身体を確認してみると、赤黒い血が全身に付着していた。痛みはないので返り血だ。恐らく、このウミヘビのもの。 「あれ、僕……」  どうしてここに?と口を開く前に、足の力が抜け、膝から砂浜に着地する。  セルリアがジェードの名前を呼んで駆け寄って来た。 「大丈夫!? 怪我は無い!?」 「はい、大丈夫ですが……身体に力が入らないです。一体……何が起こったのでしょう」  最後の記憶は、海中から現れたウミヘビに呑み込まれるところだ。しかし、ジェード達は何処かの海岸にいて、自分達を吞み込んだはずのウミヘビは大量に血を流し事切れている。  ジェードの身体を仰向けにしたセルリアが、息を呑んだ。 「ジェード……覚えていないの?」 「……え?」 「ウミヘビに呑み込まれた後——ジェードはまた龍化して、内部から無理矢理脱出したんだよ。その後ウミヘビと戦って――ジェードが勝った」 「僕が……龍化……?」  脱出したジェードはウミヘビに海中戦を挑んだらしい。セルリアは息苦しさのあまり途中で意識を手放してしまったのだが、目覚めたらこの海岸に寝転がっていて、死骸となったウミヘビを見下ろすジェードを発見したという。  ジェードにそのような記憶はない。呑み込まれた直後、誰かの声が聞こえたかと思うと意識を失ってしまった。だが、ウミヘビの血を大量に浴びた自身が、この化け物を殺したのだと物語っていた。 (最初に龍化した時は意識を失わなかったのに――)  記憶のない中で、自分が意思とは関係なく動いていた事に恐怖を覚える。自分が自分でなくなってしまうような―― 「そうだ、声——」  夢の中でも、ウミヘビに呑まれた後に聞こえた声。何処か懐かしさを覚える男のものだった。あの声が、今回の不可解な行動に関係あるのではないか。  あの声の主は、遠い昔から知っているような気がする―― 「ジェード、大丈夫……?」  セルリアが心配そうに覗き込みながらジェードの頬を撫でる。後頭部に感じる、温かい感触。 (——温かい感触?)  まだ状況が整理できていないジェードだったが、今の状態によって、さらに混乱に拍車がかかる。  ジェードはセルリアに膝枕をされていた。それを自覚し、今までの思考が全部吹き飛んでしまう。 「ちょ、セルリアさん!! ひ、膝枕……!!」 「砂浜に寝させるわけにはいかないでしょ? こっちの方が体勢も楽だろうし」  セルリアは恥ずかしがる様子もなくケロリと言う。女性耐性がほとんど無いジェードにとって膝枕は心臓が強く鼓動を鳴らす程の事であった。 「そんな事より、ジェード……。貴方に一体何が起きているの?」  浅緑色の瞳が揺れる。彼女は、ジェードが記憶の無い時の姿を目の当たりにしている。自分がどういった行動をしたかは定かではないが、ウミヘビの死骸の損傷を見る限り、残虐な戦い方をしたはず。  近くでそれを見たセルリアは恐ろしくてたまらなかっただろう。それなのに、彼女はこうしてジェードの身を案じている。彼女の優しさに、涙が滲む。  龍化してから、考えないようにしていた事がある。  故郷であるリュウソウカの伝承。龍化出来ないジェードは龍に“選ばれなかった”存在だと思われていた。だが、ここへ来て初めての龍化に成功し、そして二回目の龍化は記憶がすっぽりと抜けている。  この事は、セルリアにも伝えた方が良いと思い、ジェードは口を開く。 「セルリアさん……。僕の村の事なのですが――」 「……どなたですか?」  ジェードの言葉は、第三者によって遮られた。  身体を動かせないジェードは、少しだけ顔を傾けて声のした方向を見る。そこにいたのは若い女性だった。身なりはみずほらしいが和装だ。 「あたしはセルリア。こっちはジェードです。貴女は……?」 「私はアイカと申します。このキオ島の島民です」 「キオ島って……アンセット領の一部だよね。ああ……東の国ではないのかあ……」  セルリアはがっくりと項垂れた。  ジェード達が漂着したキオ島はアンセット領の一部だ。ウミヘビの出る海流近くにある為、ここへ船を停めようとする者はほとんどいない。 「あの、そこのウミヘビは貴方達が……?」  アイカがおずおずと指差した先には、ジェードが殺したというウミヘビの死骸。 「あ、はい……一応、僕が……」  セルリアの膝の上で、ジェードが自信無く言う。まさかウミヘビを殺す事はこの島にとってまずい事だったかと思った時——アイカが駆け寄って砂浜に両膝を立てたかと思うと、ジェードの手を取った。 「ええっ? 何——」 「お願いします!! ここに住む毒龍様を鎮めてください……!!」 「毒龍……?」  戸惑うジェードとセルリアに、アイカは涙を浮かべながら懇願したのだった。
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