毒龍の住まう湖

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 アイカに部屋を一室貸してもらい、ジェードはベッドで、セルリアは床の上でぐっすり眠った。  ジェードはずっと自分が床で寝ると言って聞かなかったが、動けないのを良い事に、セルリアが無理矢理彼をベッドに押し込んだ。  それでも床で寝るとうるさかったので「じゃあ一緒に寝る?」と聞くと顔を真っ赤にしてそれ以上何も言わなかった。  傭兵をやっていたセルリアは、床で寝るなど造作もない。借りた毛布にくるまり、一晩ぐっすり眠る事が出来た。  そして翌日。ジェードは普通に歩けるようになっていた。それだけでも驚きなのだが―― 「ええ!? 最初の時は三日も眠っていたのに! 無理していない?」 「いえ、本当に体調が万全になりました。」  昨日までのダメージがすっかり無くなったと言うのだ。ジェードは腕を回して、もう大丈夫だとアピールをした。 「でも、地下牢から脱出した時の怪我だって残っているでしょ? 足、すごく血が出ていたし」 「足も治っているんです。ほら、この通り」  ジェードは包帯を外して見せてくれたが、足は傷一つない綺麗なものだった。 「えっ……」  いくら何でも早すぎる。普通の人間ならば、傷は塞がっていたとしても痕は残っているはず。  人間離れした回復力に、別人のようだったジェードの姿が脳裏を過る。ジェードと会った時、セルリアは普通の男の子だと言った。しかし、昨日の龍化を見てから、その気持ちが薄れかかっている。 「ジェード、これって龍の力なのかな……?」 「龍化する前はこんなに早く怪我は治らなかったので、恐らくそうだと思います」 「ねえ、大丈夫なの? 昨日ウミヘビを倒した時のジェードは別人だったよ。それも覚えていないみたいだし……」  ジェードと二人で脱獄してから、ずっと前向き思考でいたセルリアだったが、彼の変化には安楽の思考で捉える事が出来ない。  その不安な気持ちが伝わったようで、ジェードはセルリアの手を優しく包んで微笑んだ。 「大丈夫ですよ。僕は僕ですから」  ジェードはセルリアを安心させる為に言ったのだろうが、それが逆に不安を煽る。  セルリアには、まるで彼の中に誰かが住み着いているような言い方に聞こえた。  セルリアとジェードは、アイカに朝食をご馳走になっていた。食糧が不足していると言っていたのに、干したフルーツや干物などを食卓に出し、精一杯のもてなしをしてくれた。  自分はあまり食べず、虚ろな表情の父に食べさせている。食事を食べ終わったセルリアが無理矢理アイカからスプーンを奪わなかったら、ずっと食事をしていなかっただろう。 「こういうの慣れているから大丈夫だよ。アイカもしっかりと食べないと、共倒れになっちゃうよ」  そう言えば、アイカは申し訳なさそうに食事をした。ふやかした雑穀のようなものをスプーンですくい、アイカの父の口に運ぶ。アイカの父はゆっくりだが、全ての食事を平らげた。 「ありがとうございます、セルリアさん……」 「いいって! 朝ごはんは一日の始まりに必要なものだからちゃんと食べないとね!」  アイカの父親は勿論だが、痩せ細ったアイカ自身もきちんと食事をして栄養をしっかりと摂って欲しかった。  アイカもジェードもしっかりと食べ終わり、セルリアは満足そうに笑った。 「ところで、毒龍さまのいるマシロ湖って何処にあるの? 今日少し毒龍さまの現状を確認したいんだけれど」 「えっ、でもまだジェードさんの体調が戻っていないのでは……」 「ああ、僕ならもう大丈夫です。ほら」  ジェードはまた腕を回して全快をアピールした。 「そ、そうなのですか? やはりウミヘビを倒すくらいですから回復力も高いのでしょうか……?」  アイカは無理やり納得しようとしたようだが、まだ信じられない様子だった。そんなアイカに毒龍が住む湖の場所を教えてもらい、セルリアとジェードはそこへ向かう事にした。  アイカの家を後にし、集落の様子を見ながら進む。  ここへ来た時も思ったが、島民に覇気が無く、痩せ細っている人が多い。アンセット領都市部と比べると貧富の差が明白だ。  出店が並んでいた痕跡のある通りでは、何も販売されておらず人通りも少ない。貴族に人気の観光地だった時はこの通りも賑やかだったのだろう。 「……皆さん、随分と疲れていますね」 「うん。こんなに酷い状況なのはあまり見た事ないよ」  安否不明とはいえ、アンセット辺境伯に憤りを感じる。  セルリア達にとっては漂流しただけの島だ。だが、こうして皆が苦しんでいるところを見過ごす事が出来ない。 「まずは毒龍の全貌がはっきりしていないから、湖で観察してみよう。アイカは討伐ではなく鎮めてと言っていたから、殺さないようにしないと。……封印が一番いい手だと思うんだけど、龍の封印方法なんて分からないしなあ……」  アイカに聞いてみたが、島の歴史書では「毒龍を封印した」という事しか書かれておらず、その時どういう封印をされたかは分かっていないそうだ。 「リュウソウカでも、封印の仕方とか分からないんだもんね」 「うーん、もしかしたら祖父が知っているかもしれませんが、確実ではないので何とも……」 「でもここから出られないし、ジェードはリュウソウカに帰りたくないでしょ?」 「……そうですね」  逃げ出したと聞いた時から、ジェードはリュウソウカに戻りたくないのだと薄々気付いていた。 正直リュウソウカに近付く道を選ばせてしまっているのは心苦しいが、魔王からの追っ手から逃れる為だ。 シャヨメの領主であるヴェニットの兄に相談をして、二人でどう過ごすかきちんと考えたい。もし可能ならば東の国を経由して別の国へ渡る事も視野に入れている。  そんな事を考えていて、ジェードが歩みを止めたのにすぐ気付く事が出来なかった。数歩進んでから気付き、振り返る。 「どうしたの、ジェード?」 「……僕、話をしてみます」 「え? 話できるの?」 「分かりませんが、同じ龍なら何か話が出来るかもしれません」  毒龍と対話は考えていなかった。同じ龍だからこそ、ジェードは対話という道を選んだのかもしれない。最初は随分と消極的な人だと思っていたが、プロポーズをしたり無意識にセルリアの手を取ったりと、実は気持ちをストレートに表現をするジェードに、セルリアは心惹かれていた。 「……ジェードって意外と積極的だよね。プロポーズしたり、私を抱き締めながら夜通し走ったり……」 「そっ、その……あのっ、それは間違いというか……!!」  そう指摘すると、隠れた目元を見なくても分かるくらい、ジェードは顔を赤くする。 「……間違いなの?」 「いやっ、その、間違いではないというか……物事には順序というものがっ……まずはお付き合いからとか……」 「ふふ、ジェードの気持ちは分かっているから大丈夫だよ」  セルリアはジェードの髪を両手で乱した。  ジェードの変化については、不安に思う事が多い。彼は龍化について、彼なりに何か考えがあるように思えた。  髪を乱されて慌てるジェードを見ながら、セルリアはここを無事に出て安住の地を見つけ、二人で過ごす未来を願った。
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