傭兵セルリアと引きこもりジェードの出会い

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 セルリアの所属しているリアトリス傭兵団は、海沿いにあるフレア領地を本拠地とし、各地に赴いている。  フレアはセルリアの生まれ故郷でもある。両親を早くに亡くしたセルリアは、病弱な弟と共に暮らす為に、14歳でリアトリス傭兵団に入団した。それから9年間、傭兵団の中で腕を上げ、エースと呼ばれても過言ではない立ち位置にいる。  そんな彼女に、本日も依頼が舞い込んできたのだが―― 「え? あたしが囚人を監視するの?」  団長リリスから回されてきた依頼は今まで受けた事もない「囚人の監視」だった。  リアトリス傭兵団が拠点とする施設は海風がよく通り、砂浜が近い。カモメの鳴く声が耳に入って心地よい。  リリスに呼び出されたセルリアは、拠点に併設されたテラス席にいた。真正面に座るリリスは、褐色肌で緑髪の女性だ。歳は30代前半でまだ若いが、先代の団長が病に伏せってしまった為、実力のあるリリスが団長としてリアトリス傭兵団を束ねている。 「そう。アンセット辺境伯から直々の依頼だ。生憎先日のフューエンドとの抗争で戦力が大分削られてね。あんたしか適任がいなかったんだよ」  ジェームズ=アンセットが治めるアンセット領地は、このフレア領地と同様、海に面した場所にある。アンセットは和文化である東の島国と頻繁に外交をしており、海外の色が濃い。セルリアは何度か行った事があるが、東の国の個性的な和文化は見るのも楽しく、心躍らせた記憶がある。  領主から直々の依頼は滅多に舞い込んで来ない超優良案件だが、内容が特殊だったので、セルリアは腕を組んで首を捻った。 「囚人の監視って……兵がやればいいんじゃないの? そんな依頼、初めて聞いたよ」 「まあ、アンセット領はフューエンドからの攻撃を一番受ける場所だからね……。兵が不足しているのもあると思うんだが、その囚人ってのが、なかなか希少な男でね。かなりの力を持った奴らしいから、力に自慢のある者を監視につけてほしいと依頼があったのさ」  かなりの力を持っている。そう言われると、その男がどんな姿なのか気になってしまう。身長2メートル超えの大男か、それとも人外か――依頼内容の警戒よりも、好奇心が強くなってくる。 「あんた、アンセットの魚料理が気になっているって言っていたじゃないか。今回はたんまり報酬が貰えるだろうから、色付けるよ」  リリスのその言葉で、セルリアの気持ちは完全に好奇心に傾いた。 「それならいいか。分かった、その依頼引き受けるよ」  リリスは快活に笑って、テーブルの上に地図を置いた。 「あんたならそう言ってくれると思っていたよ。アンセット辺境伯に失礼のないようにね」  アンセットへの地図を受け取り、そういえば貴族と話すのは滅多にない為、接し方をどうすればいいか一瞬悩んだが、どうにかなるかと軽く考え「分かった」と返事をした。 **  アンセットへ行く商人に無理を言って同行させてもらい、馬車で旅路を進むことができた為、フレアから数日かけて、アンセットの領地へと入った。商人に金を支払い、ジェームズ=アンセットの待つ屋敷へと向かう。  アンセットでは、他の地域では見る事の出来ない造形の建物を見る事が出来る。屋根には、東の国でよく使用されているという瓦が使用されている。甘味処や変わった雨避けの道具も売られているなど、随分と新鮮な風景だ。  後で寄ろうと思いながら、通りかかった人に声を掛け、アンセット辺境伯のいる屋敷の場所を聞き、辿り着く事が出来た。 「うわー、でかい屋敷」  アンセット辺境伯の屋敷は、和文化を取り入れているとあって、瓦屋根のものだった。屋敷にしては珍しく一階建てで、庭は砂利で敷き詰められている。辺りを見渡してみれば、池があり、その中で色鮮やかな色彩の魚が優雅に泳いでいた。  門の前に立っていた兵士に依頼で事を伝え、待たされる事数分。セルリアの前に煌びやかなマントを纏った男が現れた。  青磁色の髪は肩で切り揃えられており、吊り目がちの瞳は真紅。同様に吊り上がった眉からは高慢さが滲み出ている。身なりから高位の存在であるのが分かるが、驚いたのはその男の若さだった。 (もしかして、私よりも若い?)  男は20代——下手したら10代後半のように見えた。リリスからアンセット伯の容姿を聞いていなかったが、まさかこんなに若い男とは。  男の隣には、側近であろう長身の男が立っていた。癖のある銀髪を腰まで垂らし、銀色の長い睫毛の下は赤い瞳。褐色の肌が白い衣装にとても映えている。長年傭兵団に所属しているセルリアは、この褐色肌の男の立ち姿だけで、強さが窺えた。  褐色肌の男の動向を横目で探っていると、青磁色の髪をした男が一つ咳ばらいをした。 「お前がリアトリスから来た傭兵か。俺は力に自慢のある者を依頼したのだが」  男は期待外れだ、と言わんばかりに、不服そうに眉間の皺を寄せた。高位の者からそのような扱いを受けるのは慣れているので、セルリアは胸に手を当てて丁寧に一礼した。 「……領主様、こんにちは。あたしはセルリアです。あたしがそこ力に自慢のある者なんですよねー」 「俺はアンセット伯ではない。現在、アンセット伯は所用で出られているので、代わりに俺が承る」  アンセット伯と会話していると思っていたセルリアは目を丸くした。 「ええと、あなたは……」 「俺はエルデ=ルッド。訳あってアンセット伯の代理を務めている」  聞いた事の無い名前だったが、恐らく位のある人物なのだろう。情勢に疎いセルリアは、エルデと名乗った彼がどんな位についているか分からなかったが、とりあえず敬う姿勢は解かないようにした。 「そうなんですか。よろしくお願いします、ル……ルー……? ……アンセット伯代理様」 「……今俺の名前を忘れていなかったか? ……まあ、いい。お前に依頼するのは、龍の監視だ」 「……龍? あのー、あたしは囚人の監視と聞いているんですけど」  リリスから聞いた依頼は「囚人の監視」であって、「龍の監視」ではない。龍は現代ではほとんど生息していないと言われているが、その力は強大で、人一人の力では抑える事は不可能だ。例え、力に自信があるといっても、龍の前では赤子に等しい。  額に冷や汗が滲んだが、エルデはすぐに「そうだ」と頷いた。 「正しくは、東の島国にある、龍の血を引く男だ。龍の末裔が奴隷市に売られていたのでな。姉上……王が珍しく感心を寄せたから、俺が買い取ったわけだ」 「龍の……末裔?」 「俺は忙しい。監視対象については、この者に聞いてくれ」  この者、とエルデが指を差したのは、銀髪で褐色肌の男だ。少し苛立ちを見せてきたエルデにはこれ以上何を聞いてもいけないと思い、頷いた。 「お前には、王の遣いが来るまでに、その者が逃げ出さないよう監視して欲しい。期間は3日だ」 「分かりました」  セルリアの返事を聞き終える前に、エルデはマントを翻して屋敷の中へと入って行った。何ともせわしない人だ。セルリアが関わって来た貴族の多くは神経質でせっかちな人が多かったが、エルデも正に同じ雰囲気だった。  あまり馬が合わなさそうだなと感じながら、残された褐色肌の男に視線を向けると、今まで黙っていた彼はようやく口を開いた。 「ここからは私が説明をする」 「ええと……あなたは……」 「エルデ様の護衛を務めている、ビアンだ」 「どうも」  セルリアが頭を軽く下げたのを一瞥して、ビアンと名乗った男は「ついて来い」と言って歩き出した。  屋敷には入らず、裏へと回るようだ。白い砂利を踏みしめながら、ビアンの後を付いていく。  和文化を取り入れた屋敷を間近で見るのは初めてなので、まじまじと見つめてしまう。庭に向けて廊下が設けられており、そこから部屋を行き来するようだ。冬場は少し寒そうに感じる。ビアンに尋ねると、これは「縁側」というものだと教えてくれた。  しばらく屋敷の外観や間取りについて質問をしてしまったのだが、しびれを切らしたビアンが本題に入った。 「監視対象について説明をする。お前は、リュウソウカという村を知っているか?」 「いえ、初めて聞きました」 「リュウソウカとは、アンセットの港から東に進んだ島国にある村。祖を龍とし、その血を代々受け継ぐ者が現れるとされている。今回、その龍の血を受け継ぐ男が奴隷市で売られていたところをエルデ様が買い取った」  龍は伝説上の生き物と言われるくらい、目にする事は珍しい。しかし、龍の血を受け継いでいるとはいえ、ただの人間ではないかという疑問が浮かぶ。 「龍の血ってそんなに珍しいんですか?」 「昔は東の国に9部族ほどいたが、現在では3部族しかいない。特にリュウソウカは龍の血が濃いから、龍に変化できると聞いている」 「龍になれるんだ! なんかすごいですね」  目を輝かせるセルリアを一瞥してから、ビアンは呆れまじれのため息を漏らした。 「随分と余裕だな。これからその男を監視するというのに」 「あ、そうでしたね」  警戒心よりも好奇心が勝ってしまった。リリスにもよく注意されるが、セルリアは好奇心のままに物事を尋ねたり行動に移したりする事が多々ある。  足を止めたビアンの先にあったのは、屋敷裏にポツリと建っている古びた小屋だった。陽の当たらない場所に建つその小屋は、何処か不気味に感じた。 「その男は現在この小屋の地下に幽閉されている。万が一龍に変化されたら対応が難しくなるから、外部からも監視を依頼した。……お前、龍を討伐した事は?」 「えぇ!? 無いですよそんなの!! 龍討伐の依頼なんて一度も見た事ないですし!」 「まあ、そうだろうな……。恐らく、脱走の気配は無い。本気で逃げようとすれば、簡単に出来るだろうからな」  ビアンは、さらりと恐ろしい事を言う。彼の言う通り、龍に変化出来るというのならば、その姿になり、セルリアを踏み潰して逃げてしまえば良い。  命の危機に晒される事は何度もあったが、今回はそんな依頼ではないと思っていたので、全く心構えが出来ていない。 「あ、あのう、ビアンさん?」 「……男はここだ。一人で入れ」  ビアンは小屋の扉を開け、セルリアに中へ入るよう促す。扉の先は、蠟燭の光でぼんやりと灯りがあるものの、先の見えない暗さが広がっている。小屋の中は人が数人入るスペースしかない。小屋の四隅に蝋燭があり、ほんのりと照らされているのみで、他に用品が見当たらない。小屋の真ん中にあるのは、地下牢へ通じるであろう階段。階段から冷えた空気が流れ、セルリアの頬を撫でた。  セルリアはビアンを見上げる。ビアンは無表情だが、心の内に怒りがちらついているように見えた。ここまで来て、拒否権など無い。 「……分かりました。これから囚人の監視の依頼を承ります」 「一応交代制ではあるが、ほとんどの期間はお前が龍を監視する事になっている。私はこれで戻るが、何か質問があったら後で来る交代の者に聞け」 「……はーい」  ビアンはセルリアにこの小屋の鍵を渡すと、踵を返して颯爽と去って行った。セルリアが小屋に入るところを見送るつもりも無かったようだ。  厄介な依頼を引き受けてしまった、と若干後悔をしながら、セルリアは小屋の中に入り、内側から鍵を掛けると、目の前に広がる階段に目を向けた。 「はあ。帰ったら団長からたんまり報酬貰うんだから……」
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