傭兵セルリアと引きこもりジェードの出会い

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 セルリアは、階段をゆっくりと降りていく。定位置に設置された燭台のお陰で視界に不便はないが、何処かおどろおどろしい。寒気を感じ、セルリアは両腕を擦る。  龍の血を受け継ぐ者の監視と聞き、初めは動揺したが、よくよく考えてみれば、この先そんなチャンスは訪れないだろう。 (龍に変化するって言っていたけど……言葉分かるのかな?)  ——話をしてみたい。こんな奥深くに囚われた男は本当に危険人物なのか、自分の目で、耳で確かめてみたい。我ながら何て怖いもの知らずだと思う。 (だけど、ずっと監視しているだけもな……)  男を監視するのは一人だけのようだし、二人きりの空間をずっと黙って過ごしていられない。  そんな事を考えていると、あっという間に地下へと着いた。セルリアは息を呑んでから、ゆっくりと中へと足を踏み入れる。  土臭さを感じる空間。灯りがあまり足りていないようで、薄暗い。広さは一部屋分くらいしか無く、ここには牢が一つしかない。そして、目の前には強固な鉄格子。大きさはセルリアの身長の倍はある。  ——視線。セルリアは、ハッとして鉄格子の奥に視線を向けた。  そこにいたのは、一人の少年だった。黒髪のように見えたが、火の光でほのかに照らされた場所は深緑色だ。前髪は長く、目元がすっぽりと覆われてしまっていて、表情は分からない。  そして、彼の恰好は少し薄汚れているが、浅葱色の着物だ。ビアンが東の国から来た、と言ったのは本当のようだ。  見た目は普通の少年と変わらない。顔が隠れて詳細は分からないが、恐らくセルリアよりも年下だ。てっきり大男だと思っていたので、拍子抜けだ。 「あなたが、龍?」  警戒心も忘れて思わず話しかけてしまう。牢の中で膝を抱えて座っている姿は、何処にでもいる少年だ。 「……」  しかし、男はピクリと反応もせず、黙ったままだ。彼の目の前に立っているので、誰かがいるのは分かっているはずだ。 「あ、ちゃんと挨拶していなかったね。あたしはセルリア。あなたの監視を頼まれたの。三日の付き合いだけど、よろしく!」 「……」  男は答えてくれず、セルリアの声が反響するだけだった。一分程待ったが返答は無かったので、セルリアは眉を下げ困惑した表情で後頭部を掻いた。 「もしかして、言葉分からないのかなー。アタシ、セルリア、ワカル?」 「……片言なだけでは、龍に伝わるとは思えませんよ」  自分を指差してジェスチャーを交えて片言の自己紹介をしたが、男はそれにようやく反応を示した。  ボソボソと独り言のように呟くので、二人しかいないこの地下牢でなかったら聞き逃してしまっただろう。反応を貰ったセルリアは、嬉しそうに鉄格子を両手で掴んだ。 「あれっ、喋れるんだ」 「……龍の血を受け継いでいるだけで、僕はただの人間ですよ」 「えっ、でも龍に変化出来るんでしょ?」 「……僕のいた村では、そういう人もいるみたいですけど、僕には無理です。こんなに厳重に捕えなくても大丈夫だと言ったのですが」  龍に変化出来ないのか、と少し残念に思ったが、それよりも男が話の出来る者だと知り、もっと話したいという気持ちの方が強かった。 「まあ、本人からの言葉は信用出来ないよねえ」 「……証明も出来ないので」 「変化出来なくても、あなたは希少価値があるの?」 「……数は少ないと思うので、レアなのではないでしょうか」  男の声は相変わらず小声で、セルリアに聞いてもらおうと思っていないようだ。セルリアは彼と同じ目線になろうと、地面に座って膝を抱えてみる。男と同じ姿勢だ。  男の目元は見えなかったが、こちらではなく、地面に視線を向けているように感じた。 「あなた……って、名前聞けていなかったや。あなたの名前を教えて?」 「僕の事は……ジェードと呼んで頂けたら」 「ジェード、よろしく! あたしの事はセルリアって呼んで!」  握手のつもりで鉄格子の中に手を入れたら、男——ジェードはビクリと肩を揺らした。  セルリアの挨拶は握手から始まるので、つい手を差し出してしまった。  ジェードの両手首には手錠が掛けられており、鎖に繋がれている。握手に応じる事は出来ないようだった。  セルリアは「あ、ごめん」と小さく謝ると、鉄格子から自身の手を抜いた。ジェードはその様子を前髪越しから見送ってから、力無く息を吐いた。 「よろしくと言っても……すぐにお別れですよ」  セルリアがジェードの監視をするのは三日。その後に王都へ運ばれる事となる。ジェードは「たった三日」だと思っているようだったが、セルリアは違った。 「三日もあるじゃん! 王都に行くまで、あたしと話そうよ!」  とある事情から、セルリアは一分一秒でも時間を大切にしていた。三日もあれば、ジェードの事をもっと知る事が出来ると思った。 「三日もじっとしているのはつまらないでしょ。あたしで暇つぶししなよ」 「……貴方の暇つぶしではないですか?」 「あはは、バレた? まあ、仲良くしようよ!」  こうして、セルリアは龍の末裔であるジェードと出会った。  この時、まさか目の前に捕まっている男がセルリアの旦那になるとは、どちらも思いもしなかっただろう。
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