傭兵セルリアと引きこもりジェードの出会い

4/6
前へ
/28ページ
次へ
 それから少しして、地下牢にベルの音がけたたましく鳴り響いた。地上の扉には呼び出し用のベルが備え付けられていたので、それが鳴ったのだろう。お呼び出しだと、セルリアは一旦ジェードとの会話を打ち切って地上へと上がる。  扉の鍵を開けると、そこには男の兵士が一人立っていた。 「貴方が龍監視の依頼を受けた傭兵ですね。貴女が休憩する時は、私が龍監視を務めます。どうぞよろしくお願い致します」  全身鎧に身を包んだ男の表情は、よく見えなかったが、生真面目そうな雰囲気は感じ取れた。男は両手で持った食事の乗せられたトレイを、セルリアに渡す。 「これは龍の食事です。貴女は食事をどうされますか? もしよろしければ、屋敷で準備できますが……」 「それなら……」  セルリアの要望に、兵士は戸惑ったようだったが「貴女がそれでよろしいのなら」と了承した。  セルリアは、昼頃から深夜までジェードを監視する事になった。深夜から朝方はこの兵士が見るという。随分と良心的な監視だ、と三日間の徹夜を覚悟していたセルリアは、少し拍子抜けだった。  兵士が再度持って来た二人分の食事を貰うと、セルリアは軽い足取りで地下牢へと戻った。 「ジェード! ご飯貰って来たよ!」  牢の隅に座っていたジェードは、セルリアの大声にビクリと身体を揺らした。何だか小動物のようだ。  牢の一部分は配膳を入れるくらいの小さな扉があり、セルリアはそこの鍵も預かっていた。鍵を開け、ジェード分の食事を入れる。  ジェードがもそもそと立ち上がり、食事を受け取ったのを確認すると、セルリアはその場に座り込み、太ももに自分用の食事が乗ったトレイを置いた。 「……貴女もここで食べるんですか? ここは衛生環境も良くないですし、別の場所で食べた方が良いですよ」 「あたし傭兵だから、どんな場所でも食べられるよ」  パンを食べ、セルリアは「美味しい!」と目を輝かせた。昼食に出たのはパンと野菜の入ったスープ、鶏肉の炒め物だ。アンセットで人気の魚料理では無かったが、どれもセルリアの好物だった。 「貴女が……傭兵?」 「あれ、言っていなかったっけ。私リアトリス傭兵団に所属している傭兵なの。知っている?」 「いえ、僕の村は情報がほとんど入って来ないので知らないです。……」  表情は前髪の奥にあるので、よく分からなかったが、ジェードは何か言いたげに見えた。 「ん? どうしたの?」 「いや、貴女みたいな人がどうして傭兵に……と思っただけです」 「あ、女傭兵が珍しいって事? 最近はそんな事ないよー。団長も女性だし」 「……あ、そうですか……」  ジェードはポツリとそう言ってから、自分の食事に手を付け始めた。 「ねえ、ジェードって一人っ子?」 「……どうしてですか?」 「いや、何か兄弟はいないような気がして」 「そうですね。今は一人っ子です」  含みのある言い方に、セルリアの食事をする手が止まった。 「今はって事は……昔はいたの?」 「僕の生まれたリュウソウカという村は、気候や風習がとにかく生きにくいところなんです。僕の上に兄や姉がいましたが、流行り病で亡くなりました」  流行り病。それを聞き、セルリアの喉が詰まる。兄弟が亡くなるなど、耐え難い事だ。 「……そうなんだ。聞いてごめん」 「いえ、謝らないでください。僕が物心つく前に亡くなったので、悲しいという感情はほとんどありませんよ」  しかし、セルリアは食事の手を止めたまま、顔を俯かせている。数分静寂が訪れたが、それを破ったのはジェードの方だった。 「……貴女は兄弟いるんですか?」  ジェードから話を振ったのは、これが初めてだ。もしかしたら、気まずい空気を振り払う為に出た質問だったのかもしれない。セルリアは顔を上げて、前髪で顔の隠れた男を見つめる。 「うん、三歳年下の弟が一人いるよ」 「ああ……。姉っぽそうですもんね」 「あ、よく言われる。面倒見良さそうって事かな?」 「そうですね。弟さんの事を教えてくれませんか? 姉弟ってどんな感じか知りたいです」  その後、セルリアはジェードに弟について話をした。体が弱いが、男勝りなセルリアにいつも小言を言っていた事、いつも自分の心配をしてくれていた事、そして自分に良い男が現れるかを気にしていた事——  セルリアがジェスチャー混じりで話をしている姿を、ジェードはご飯を食べながら黙々と聞いていた。  セルリアの話が途切れたのは、話し始めてから数十分経った頃だった。 「あ、私ばかり話してごめん。ご飯、冷めちゃったよね?」 「いえ、聞きながら食べていたので、もう食べ終わりました。貴女の方が冷めてしまったのでは……」 「あ、本当だ!」  話に夢中で、自分の食事に全く手を付けていなかったので、料理はすっかり冷めきっていた。スープを飲んでみると、すっかり冷製スープになっている。  残念がるセルリアの耳に、クスリと小さな笑い声が届いた。 「あれ、ジェード今……笑った?」 「……すみません」  ジェードは肩を震わせながら顔を逸らした。セルリアはジトリとジェードを睨んだが、彼が感情を出してくれた事が嬉しかった。  最初は感情をほとんど表に出さず、人と関わりたくないのかと思ったが、この短時間で感情を見せ始めてくれている。龍など感じさせない、一人の少年だ。 「じゃあさ、今度はジェードが話をしてよ。その間に私ご飯食べるから」 「え、僕がですか? といっても、話す事なんて……」 「めちゃめちゃあるでしょ! ジェードの村の事も気になるし、どうしてここに捕まったのかも気になる!」  ジェードは、少し悩んでからゆっくりと頷いた。 「では、僕がどうしてここに捕まったのかを説明します」  ジェードが話してくれたのはこうだ。  ジェードはリュウソウカという村で、それは大切に育てられたという。——行動の制限をされる程。  ジェードはいつも小屋に閉じ込められ、一日を過ごしていたという。  ある日、小屋の鍵が掛け忘れている事に気づいたジェードは、隙を見て逃げ出した。山をいくつも越え、川を渡り、野を駆け――港町へ出た時、ジェードは停まっていた船に隠れて乗り込んだ。  だが、その船は奴隷商船だった。見つかったジェードはそのまま捕まり、奴隷商で売りに出されてしまったという。 「そして、僕はそこでエルデ=ルッドという人に買われ、今に至ります」 「なかなかハードな経緯だったね……」  ジェードは淡々と話していたが、あまりに壮絶な経験をしている。村にいた時はずっと行動を制限され、ようやく自由になったかと思えば、奴隷市に出され、買われ――その心情は計り知れない。 「ここへ来るまで、僕は特定の人としか話をした事がありませんでした。……最初の時、素っ気なくてすみませんでした。その……人と話すことがほとんど無かったので」 「そうだったんだねー。てっきりあたしは龍とは話が通じないのかと……。でも、ジェードは普通の男の子だね」 「……男の子」  ジェードの口元がヒクリと痙攣した。そして声色も一気に元気が無くなってくる。 「ん? どうした?」 「あの……僕、こう見えても20歳なので……男の子っていう歳じゃないです……」  顔は前髪でほとんど隠れている為、輪郭と口元、和服から覗く首元くらいしか判断材料が無く、幼く見えたので少年だと思ってしまっていた。セルリアは顔を青ざめて両手を合わせた。 「え!? ごめん!! あまりにも少年ぽくてつい……! あ、これも失礼か!?」 「……自分でも大人っぽくはないなとは思っていますので……。背も低いですし」  どうやら少年に間違われるのは、ジェードにとって地雷らしい。地面に指を擦り付けて顔を膝に埋めている。 「あっ、あたしもよく男に間違われるんだよ! 奇遇だね!!」  慌てたセルリアは、そんな慰めにもならない返ししか出来なかった。見た目から男に間違われる事はないが、ガサツさや喧嘩っ早さから「男では」と疑われた事は幾度もあったので、嘘ではない。 「そんなわけないじゃないですか……。貴女は、だって……」  ジェードは言いかけて、不自然に言葉を止めた。 「え、何? 何か言った?」 「い、いえ。僕には貴女が女性にちゃんと見えていますよ」  ジェードは顔を逸らしながらもそう答えた。髪の間から僅かに見える耳元は何故か赤くなっていた。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加