緑のない島

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「どうしたの、また殴られたの」  床に座ったナツは答えなかった。肯定か否定かを悟られるような仕草も見せなかった。殴られる以外の出来事でこんな傷ができるか、と言いたかったが辞めた。「痛そうだね、可哀想に」と言う甘やかすような高い声。ナツは黙って聞いていた。パンパンに膨らんだ指がナツの左頬を撫でる。触れられた所がズキズキと痛んだ。汗の臭いが鼻を突いた。  柔らかい脂肪を袋に詰めたような体をしているこの人物は本人曰く「北の方」から仕事でこの街に出張中だという。体が溶けかけているような肥満体型からは性別も推測できないし人間かどうかも怪しい。4月頃に初めて会った時に「タケハナ」と名乗ったのでそういう名の生き物だと思うことにしている。  最初に話しかけてきたのはタケハナの方だ。好きな人に似ているという理由でナツを大層気に入ったタケハナは毎週金曜日にナツを狭いアパートの一室に招く。多少のお小遣いをくれるタケハナはナツにとって貴重な収入源となった。 「今日は何を買って来てくれたの?」とタケハナが言ったのでナツは狭くて暗いアパートの中では異質なほどに小洒落た箱を差し出した。太い指で摘むようにタケハナが受け取り箱を開けた。「タルトか。美味しそうだね」と肉に埋もれた一重目蓋を細めた。いつものピカピカで白い皿に乗せ曇りひとつない銀のフォークを添えてナツの前に置いた。
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