1章 格闘ゲームのような合コン

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「はじめまして、私は窪峰寧々といいます。名前に『ね』が三回続きます。言いにくいので、普通に下の名前で呼んでください。で、さっき保育科を卒業したと言いましたが、現在は全く関係ない営業事務をしています。あと休みの日は、広すぎないゲームセンターによく行きます。うーん、他なんかありますかねぇ。あ、好きな食べ物は、のりたまのふりかけです。なんか、バラバラな紹介ですいません、よろしくお願いします」  私が好きな食べ物を言った瞬間、男性陣は皆「えっ、のりたまですか?」と今にも言い出しそうな顔をしていた。  もちろん、それも計算の上である。別にのりたまのふりかけは嫌いではないが、年がら年中食べているわけでもないし、たぶん今年は一度も食べていない。死ぬまでのりたまが食べれない魔法をかけられても、そこまでショックは受けないだろう。ただ、なんとなく平凡なことを言うよりは「ひき」がありそうだと思って言っただけだ。  ちなみに、私はいつもこの好きな食べ物を、適当に毎回変えている。理由としては、作業化してしまうと自分自身も言っていて退屈だし、何より周りの友人に「あっ。寧々、またのりたまの話してる。気に入ってるんだ」と思われるのが恥ずかしいからだ。その恥ずかしさよりは「わざわざ毎回変えてるんだ」と思われる恥ずかしさのほうが耐えられるのである。  まぁ、そんなことを思うとしても朋佳くらいのものだ。朋佳の向こうにいる葉月はそんなこと気にもとめない、というか気づいていないだろう。彼女は、人に興味がない。興味があるのは自分とイケメンと写真映えするスイーツやモニュメントだけなのだ。 「な、なんでのりたまが好きなんですか?」  案の定、私の正面の眼鏡男子が質問してきた。のりたま効果だ。二十九歳で、それなりに美容に興味ありますよという見た目で合コンに来た女子が言う「のりたま」に、彼は意外性を感じたのだろう。平凡な男だ。だが食いついてくれること自体は嬉しいので、私は喜んで答えた。 「小学校のとき、ほぼ毎日のりたま食べてたんですよ。その名残りですかね。あとは『のりたま』っていう響きも好きです」  もちろん全て適当に見繕った理由だ。のりたまの響きは本当に好きかもしれないが。 「ゲームセンターで、何してるんですか? プリクラ?」  次は、私から見て眼鏡男子の右側の真面目風な男が質問してきた。眼鏡をかけていないのに真面目に見えるということは、根っから真面目なオーラが出ているのだろう。  しかし彼はなぜか半笑いだった。彼もゲームセンター好きなのだろうか。それにしても、彼のような真面目風のアラサー男子が言う「プリクラ」という言葉は滑稽だ。 「いや、プリクラを撮るときもありますけど、なんだかもう場違いな気がするんで、メダルゲームやってるんですよ。メダルを一枚ずつ手元にある仰々しい機械の穴から落として、その先にある積み重なっているメダルを落として、さらにその下に溜まっているメダルを落とすという、本末転倒みたいなやつなんですけど」  あー、あれですか、という反応が起こる。よかった。あのゲームは説明するのが難しい。 「僕もあれたまにやりますよ」  次は真面目風の男の右にいる、三人の中では顔面偏差値の高い男がニヒルな表情で同意した。 「あれ、たしかにやりだすととまらないですよね」  今度は正面の眼鏡の男が、薄い賛同をつぶやく。彼はのりたまのときといい、意外性のある事柄にちょっと絡んでくる。  真面目風の男は、まだ何か考えているようだ。メダルゲームを懐かしんでいるのだろうか。 「な、なんかメダルが光っている穴みたいなところに入ったら、演出入ってメダルが落ちてくるやつですよね」  真面目風の男が言った。私が言ったメダルゲームがどれなのか考えていたのか。ようやく脳を振り絞って出たあのメダルゲームを表す言葉が「光る穴にメダルを入れる」とは恐れ入る。 「僕もよく対戦型のゲームをしに行くんですけど、メダルゲームは久しくやっていないなぁ」  真面目風な男がそう言うと、場が静寂に包まれた。皆、彼が独り言を言ったのか、誰かに対して言ったのか判断がつかないようだった。  誰か、彼の言う「対戦型ゲーム」がどんなものなのか、訊いてやれよと思ったが、誰も口を開かなかった。  私は、彼がメダルゲームのことを懐かしゲームのように評したことに気分が悪かったので、当然のように無視をした。メダルゲームに関しては、今でも本当に好きなのである。 「じゃあ、次はそちらの男性お願いします!」  気を取り直して、といった具合に朋佳が眼鏡の男に対して言った。そこで思い出した。自己紹介は男女交互ではなく、女性が先で時計回りに葉月、朋佳と回って私だった。葉月と朋佳の自己紹介なんて、何度聞いたかわからないほど聞き飽きているので、私は考えごとをしていたのだ。  つまり今から名も知らぬ、眼鏡男子、傷心気味の真面目男子、わりとイケメンの男、の順で回っていくようだった。 「あっ、では僕次いきますね」  朋佳に促され、眼鏡の男はモジモジしながら話しだした。よく見れば、この眼鏡男、薄っすらと髪を茶色に染めている。いや、この薄暗がりの空間でわかる程度なので、結構な茶色かもしれない。  いったい、どういうことだろう。  眼鏡がいわゆるお洒落眼鏡ではない、勉強眼鏡というかガリ勉眼鏡なのに、髪を茶色くする男なんているのだろうか。いや、いるのだろうが、どういうマインドなのだろう。  女に興味があるのか、ないのか。モテたいのか、モテたくないのか。賢く見られたいのか、見られたくないのか。  それでいて、自分の番になったらモジモジしている彼を見ると、私はなぜか無性にイライラした。真面目眼鏡か茶髪か、そのはっきりとしないマインドが、モジモジしている挙動に表れているのだと思った。 「名前は添島健太です。えー、漢字はですね、健康のケンに、細い太いのタで......」  あぁ、もういい、もういい。名前だけでも覚えるのが精一杯なんだから、漢字なんて覚えれるわけないだろ。それにそのケンタの漢字は、きっとケンタの中で最大派閥だろう。珍しくもなんともないんだから、わざわざ時間かけないでくれ、全く。  正直私の中では、ガリ勉眼鏡の茶髪でモジ男の時点でもう興味はないのだ。ケンタが健太であろうが、賢太であろうが、たとえ犬多であろうが何も変わらない。  ケンタは続いて、仕事や趣味についても言ってるが、もはやなんにも入ってこない。また壁を見つめてしまいそうだ。 「あと、そうですね。好きな食べ物は、えーと、鮭フレークですかね」  鮭フレーク? 完全に私の「のりたま」に引っ張られてるじゃないか。いや別に私のものでもないんだけど、でも鮭フレーク発言は明らかにのりたまに影響されている気がする。油断も隙もない男だ、ケンタ。  しかも彼は「鮭フレーク」と言ったあと、ちらっとこちら側の顔をうかがっていた。  どうでしょう? 今の僕の珍発言は? とでもいった具合か。人のふんどしで相撲をとって成果を確認するなんて、情けない。情けなすぎるぞ、ケンタ。 「えっ、鮭フレーク好きなんですかぁ?」  そんな私の思いを知ってか知らずか、朋佳が鮭フレークを掘り下げていこうとしている。逆に興味がなさすぎるがゆえに訊いたのだろう。彼女の悪い趣味だ。 「は、はい。好きですよ、鮭フレーク」 「じゃあ、どれくらい食べるんですか? まさか毎日とか? 毎食ってことはないですよね、流石に」 「えっ、そうですね......二週間に一回くらいですかね」 「二週間に一回ですか?」 「あっ、すいません、誇張したかも。まぁ一ヶ月に一回くらいかもしれません」  ケンタは、人より少し鮭フレークが好きなだけだった。一年に一回くらいだったら「全然普通じゃないですかぁー!」と朋佳は突っ込んだかもしれないが、ケンタはリアルだった。リアルに好む人の頻度で鮭フレークをつまんでいたのだ。私ののりたまと違って、彼ならもし鮭フレークがこの世からなくなってしまったら、枕を少し濡らすくらいのことはあるかもしれない。  一方、葉月は一言も言葉を発さなかった。やはり彼はイケメンにしか興味がない。  そもそも、この会は葉月がセッティングしてくれたのではなかったか。次に番が回ってくる真面目風の男と知り合いらしいが、全然仲良さそうにも見えないし、接点もよくわからない。で、現状も朋佳が幹事のように仕切っている。  ある種わかりやすい、女の中の女という葉月だが、なぜか私や朋佳との仲は長い。だが私は葉月と二人きりで遊んだことはないし、これからも遊ぶつもりはない。帰りの電車で二人になるのは避けられないので、いつもドキッとする。  なんだろう、グループが一緒というだけで丁度いいという存在なのだ。それくらい二人になると共通の話題もない。私は有名店の季節のスイーツを撮るためだけに、県を跨いだりしない。葉月はおじさんとおばさんに挟まれて、メダルゲームに勤しんだりしない。 「あっ、すいません。一応本日の男性側の幹事をさせてもらってます、上条ケントです! よろしくお願いします!」  ケンタ回の盛り下がりを挽回しようと、隣の真面目風の黒髪男が少しテンションを上げて自己紹介を始めた。さっき、趣味の「対戦型ゲーム」を誰にも触れられず沈んでいた男とは思えない声の高鳴りだ。  だが待てよ、彼は名前をなんと言った? たしか「ケント」と言わなかったか? ケンタの横にケント。茶髪眼鏡の横に、真面目風幹事、それらがケンタとケント。なんてややこしいんだ。かといって、既にケンタの名字は忘れてしまったし、ケントのも現在進行系で忘れかかっている。ケントで覚えるしかない。  きっとこのあと、先ほど言いそびれた対戦型ゲームのことを話してくれるのだろう。その話と「ケント」という三文字を、頭の中で結びつけるのだ。 「仕事はSEをしてます」  ケントが凛々しく言った。  システムエンジニアか。たしかに見た目はそれっぽく見える。 「あれ、ケントくんSEだったけ?」  葉月が訊いている。それも知らなかったということは、やはりこの二人は全然仲良くないに違いない。どうせ合コンで良い人がいなかった同士で、また次の合コンをするために手を組んだだけの仲なのだろう。 「そうだよ、SEだよ」  ケントは少ししどろもどろに見えた。 「そうだったんだ、正社員?」 「えっ、あの、契約社員だけど」  ケントの歯切れは悪かった。むしろ逆ギレのような言い草だった。  SEは正社員のイメージだが、契約社員もあるのか。世の中、知らないことは多い。というか、ケント契約社員だったのか。黙ってれば良かったのに。嘘はつけないタイプなのか。まぁとにかく、早いとこ対戦型ゲームのことを言って終わってくれ。 「えーと。趣味はそうですね、買い物ですかね。僕、結構人の買い物に付き合うのも好きなんで、買い物ないのに買い物行くの好きなんですよ」  何回「買い物」って言うんだよ。しかも見苦しい。そんな優しさアピールで女性陣に媚を売ってまでモテたいのか、ケントよ。  自分、喜んで彼女の荷物持ちやります! じゃないんだよ。  朋佳の冷めた目を見よ。目が雪だるまのような真っ黒に見える。もう、何を言っても終わりなのだ、君は。  だがケントは続けた。 「好きな色は青と黒です」  だいたいそうだろ。 「好きな曜日は金と土です」  だいたいそうだろ。 「好きな食べ物は唐揚げです」  だいたいそうだろ。 「あっ、レモンは絞ってもらっても、どっちでもいい派なんで」  もういいよ、その話。で、媚も売らなくていいから。 「あっ! あと好きな魚は鯨です」  ん? そんなやつ、聞いたことないぞ。男は鮫か鮪じゃないのか。鯨好きって、こんな顔してるのか。というより、なぜ最初に「これを言うのを忘れるところだった」みたいに「あっ!」と声を出したんだ。自己紹介で、食べない類の好きな魚を発表するのは、必須事項ではないぞ。  さらに言えば、鯨は哺乳類なので、魚類ではない。だがこの場では指摘するほどのことではないだろう、やめておこう。 「以上です、よろしくお願いします」  終わった。そして彼は言わなかった。ケントは対戦型ゲームのことを言わなかった。ケントなりの矜持、いや、ゲーマーのプライドか。さっきは無視してくれて、どうもありがとうございますって腹か。言ってくれるじゃないか、ケント。鯨が好きなケント。隣には鮭フレークのケンタ。  そして満を持して最後の男の番が回ってきた。唯一のイケメン顔。唯一の希望。だがその属性は、彼の長い前髪によって作られたものなのかもしれない。  じっと見てみる。  いや、違う。彼の顔は骨格が既にイケメンのそれなのだ。他の二人とは骨骨しさが違う。それは痩せているとか、そういうことではない。高級料亭で出てくる焼き魚のような、そんな引き締まった感じと、枯れた雰囲気が見事に同居しているのである。  おそらく彼が前髪をかき上げて、目ではなくただの牛乳瓶のキャップがあっても他の二人よりは格好良いだろう。  だが彼は、これまでほぼ何も喋っていない。どんな感じなのだうか。  私はこの会で初めて胸を高鳴らせた。
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