1章 格闘ゲームのような合コン

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「どうもはじめまして、羽崎ユウタロウです」  ユウタロウは少し無骨な雰囲気だった。音楽番組で「俺たち、トークはノーセンキューなんで。歌で表現するんで」と言わんばかりの、愛想のないロックバンドみたいな雰囲気だった。どうして、あぁいう雰囲気のバンドは、髪型やらメイクやらが奇抜で明るい「俺、賑やかし担当なんで」っていう後方サポートメンバーまで、暗い雰囲気で自己紹介するんだろう。バンド間で雰囲気を統一するように、あらかじめ打ち合わせしているのだろうか。 「俺たちはトークは暗く、曲中で爆発させるからな」って。だったら、まだ好感は持てるのだが。  ちなみにユウタロウは前髪がただ長いだけで、奇抜な色でもない。髪も漆黒だが、服もそうだ。なんとなく、服に興味がない人の黒の着こなしに見える。  引き続きユウタロウは喋っているが、色だけでなく声のトーンも暗いからか、声があまり聴こえない。私の席が、一番離れているということもあるだろうが。  だがなんとか「キャンプ、サウナ、ラーメン」というワードを聞き取った。おそらく趣味のことだと思うのだが、やはりロックバンドらしく男感が強い嗜好なのだろうか。  うーん。ケンタだかケントだかのように「女子の買い物ウェルカムです〜」って、こっちに寄せてくる男も苦手だが、ユウタロウのように「俺、女に合わせないんで」っていう雰囲気を露骨に出してくるのも私は好きではない。  もちろん、キャンプもサウナもラーメンも好きで「女子にもうまく合わせまっせ」って人もいるんだろうけど、ユウタロウの雰囲気はそう見えない。  キャンプは人里離れた本気の山に行きそうだし、こっちがサウナ室から「暑い〜」とか言ってすぐ出たりしたら本気で軽蔑しそうだし、ラーメン屋も行列に並ぶことがむしろ快感なタイプで、あと食べるときは、こちらの調味料のチョイスと分量のセンス見てきそうに見える。  というか、ユウタロウは他の二人と本当に友達なのか? そうは見えない。  その疑問を同時に抱いていたのか、朋佳が「ユウタロウくんと二人はどういう関係なんですか?」と訊いた。 「あっ、僕らっすか。従兄弟っす、ケントくんとのことですけど」 「従兄弟? え、従兄弟で合コン来てるの?」 「はい、ケントくんにどうしても数が足りないからって頼まれて」  ケントはバツが悪そうな顔をしている。舌を出して、手を頭の裏側にあててはいないものの、その表情は「てへへ」と言っている。  私はこれまで数多くの合コンにやってきた。19のときからと換算しても10年間。かなり少なく見積もっても一年に二十回。つまり200回の合コンに参戦してきたのだが、そこに従兄弟を連れて来る人を初めて見た。  別にそれが悪いことではない。だが先ほどの契約社員のこともそうだが、どうもケントは大事なことを隠す習性があるらしい。そしてそれは、自分に都合の悪いことのようだ。 「そう、だからこういう場に来たのは初めてで」  ケントほど動揺しているわけではないが、ユウタロウも少し挙動不審な様子である。そうか、さきほどまでの無骨な雰囲気は緊張しているだけだったのか。 「ということは、年齢はユウタロウさんのほうが若いってことですか?」  アラサーの自分に質問が跳ね返ってくるのも恐れず、葉月が訊いた。ユウタロウに興味津々な様子である。 「あっ、僕二十歳っす」 「二十歳!?」  初めてこちら側の三人の声が揃った。右から高音の葉月、中音の朋佳、そして低音の私と、見事なハモりになっていた。 「すいません、若輩者がきちゃいまして」  ユウタロウは少し緊張がほぐれたのか、笑顔を見せた。不覚にも可愛いと思ってしまった。  そのあと、残りの二人の年齢を聞く流れになるのかと思いきや、全くそうはならなかった。ケンタもケントも、鳥の嘴のように口をつぐんでいた。おそらく、年齢の話はあまり都合がよろしくないのだろう。それならそれでいい、こちらが明かす流れにもならない。  よほどの年上好きか、ドストライクの顔でもない限り、二十歳のときに二十九歳の女は恋愛対象外だろう。  だが我軍の恋愛強者こと葉月は、全く怯む様子がなかった。  好きな女性のタイプは? 好きな食べ物は? 好きな魚は? 好きな色は? 先ほどの二人が自主的に話したことから、質問すらされなかったことまで、ありとあらゆることをユウタロウに訊いていた。あと、今日はなぜか魚の話が多い。  ちなみにユウタロウは、おとなしい女性が好きで、焼き肉とラーメンが好きで、魚は鰹が好きで、色は黒が好きだ言っていた。  冷静に考えて、私は彼と合わない。  私は、素のときはうるさいし、焼き肉とラーメンが好きと言う女子が好きじゃないし、意外とベジタリアンだし、果物が好きだからそんな呼び名あるのかわからないけどフルティアンだし、魚はネオンテトラが好きだし、自分に自信がありそうに見られるのが嫌なので、あえてのワントーン黒コーデはしないし、いつもネイビーとベージュと白に頼りがちである。そしてもうすぐ、二十歳のユウタロウより十個も年上になるのである。  これは駄目だ。イケメンは好きだが、彼と私は全く合わない。きっと朋佳も同じような感覚だろう。  だが我軍には、まだ試合を捨てていない女がいた。 「えー、私もラーメンと焼き肉好きなんですよー!」  どの口が言ってるのかわからないが、葉月は喋れば喋るほど声のトーンが上がっている。まるで私はあなたと同じ二十歳なのよ、と言わんばかりだった。  その後も葉月のワンマンショーは続いた。明らかにユウタロウは困惑していた。そして、彼を連れてきたケントは後悔を隠せない表情だった。自分が彼の引き立て役になってしまうことに気づいたようだった。一方ケンタは、いつのまにか戦場から姿を消していた。  朋佳はやれやれといった雰囲気で、私のほうをチラチラ見てくる回数が増え、私は飲み食いに集中した。  いつしか視線の先でケンタとケントが完全に混ざり合い、溶けた。景色はさらに回り続けた。マドラーで混ぜられたカフェラテのように、壁の模様も小さな窓も机の上の色とりどりのグラスも、ぐるぐるぐるぐる回り続け、気づけば何も声がしなくなった。
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