1章 格闘ゲームのような合コン

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「寧々さん、寧々さん、大丈夫ですか?」  私は誰かの声で目覚めた。  声の主は茶色い髪の毛をしていて、眼鏡をかけていた。ん? これはどっちだ? ケンタか、ケントか、どっちだ? 「ケントくん?」  私は無意識に名前を言った。 「あ、ケンタです」  コインは裏がでた。 「大丈夫? 寧々? ほら、水頼んどいたから飲んで飲んで」  どうやら私は酔った結果、授業中の居眠り高校生のように机に突っ伏して寝ていたようだ。朋佳はこれでもかと、グラスに入った水を私のところへ寄せてくる。 「大丈夫? 寧々、途中からモヒートとモスコミュールをずっと交互に頼んでたわよ」 「モヒートとモスコミュール? おかしいな、両方とも普段そんなに飲まないんだけどな。でもモヒートとモスコミュールも、両方モから始まるわね」 「まだ酔ってるでしょ? 早く水飲みな」  水を飲みながらグラスを透して、対角線上のユウタロウを見る。  若者に情けない大人の姿を見せてしまった。でもこれもケンタとケントのせいだ。ケンタとケントを交互に見ていると、なぜかモヒートとモスコミュールを交互に飲みたくなってきたのだ。  そして葉月があまりにも必死にユウタロウに接近するから、もう私はさらに飲み続けるしかなかった。 「ねぇ、私何分くらい寝てた?」 「まぁ、十分くらいじゃない?」 「はぁ、それくらいなら良かった。一時間以上寝てたらさすがにヤバいよね」 「まぁ、十分でも皆が心配してたけどね。とくに最初に突っ伏したときは」  それ以降、私は一応は反省して、お酒は飲まなかった。そうすると酔いも覚めてくる。すると、やはりケンタとケントの会話が気に障ってくる。  なにやら、二人は共通の知人の話をしている。こういう会での一番冷める話題だ。片方側しか知らない友達の話。  だがよっぽど私が冷めた目をしていたのか、突如こちらに話を振ってきた。 「ハンバーガーの中のピクルスって、どう思います? 許せます?」  おそらくケントのほうがこちらに訊いてくる。  朋佳は「私は全然いけますよ。むしろ、あったほうがいいかな」と答える。私もそれに同意する。  するとケンタが「あっ、奇遇ですね。僕もいける派なんですよ」と便乗する。私は嫌な予感がした。  ケントが満を持した表情で「実は僕もいけるんですよ」と言った。まさかの四人ともピクルス歓迎派だった。こんなに盛り上がらないことはない。意見がわかれなくとも、まだ全員がピクルス嫌いのほうが盛り上がっただろう。  ケントが最後に「おいしいですよね、ピクルス」とピクルスの宣伝文句のようなことを言って話題が変わる。  次は酢豚にパイナップルを入れるのはアリかナシか、という話題だった。私と朋佳は「そもそもパイナップルの入った酢豚を見たことがない」という結論で一致した。  ケンタは凄い剣幕で「僕は許せないんですよ!」と言った。ケントも「僕も絶対無理、考えられない!」と息巻いた。  だがそう言われても、私たち二人はそもそもパイナップル入りの酢豚を見たことないのでよくわからない。私は酢豚パイナップル論争は、空想上の話だと思っていた。朋佳と顔を見合わせて、なんの意味もないアイコンタクトをした。  次に前を見たときには、さっきまでの二人の勢いはなくなっていた。  その後、何の話題であっても男女四人間での「共感」も「対立」も生まれず、守備的戦術を採用するチーム同士のサッカーの試合くらい退屈だった。  それとは対称的に、朋佳の向こうからは葉月の甲高い笑い声がこだましていた。  そうか、葉月がユウタロウと一対一のマッチアップに持ち込んでいるので、私と朋佳がこの前の二人とのタッグマッチをしなければならないのか。私は葉月を恨んだ。朋佳もきっとそうだろう。  先ほどの失態のせいでお酒に逃げることもできなくなった私は、ただただゆっくりと、色褪せたお通しと萎びたサラダを食べた。  途中酔いが回ってきたケンタとケントが、訊いてもいないのに年齢を言ってきた。ケンタが三十四歳で、ケントは三十一歳らしい。思っていたより年上だった。  特にケンタは、見た目も話している様子も三十四歳には見えない。何か予備校生がそのまま年を取った感じである。  ケンタは普段お酒をあまり飲まないらしく、最年長男子なのに「ちょっと酔ってきちゃったかも」と、最年少女子のようなことを言い出した。  だがその数分後には「ちょっと、お姉さんたちも年齢教えてくださいよぉ〜」と、荒れ狂ってこちらに絡んできた。見事なまでの悪酔いである。  私と朋佳はさっさと実年齢を言い、小声で「早く帰りたいね」と言い合った。  いつも良くない合コンがあった日は、帰ってから朋佳と電話するのが風習である。今日は間違いなくすることになると、私は悟った。    店員の女性が「そろそろラストオーダーです」と呼びにきたころ、ケンタは酒に溺れ地面に突っ伏していた。  ケントは従兄弟のユウタロウに身体を持たれかけて「おい、ユウタロウ〜。お前みたいな男前連れてくるんじゃなかったよ」と、嫌な絡み方をしていた。  ユウタロウとのトークを邪魔された葉月は、怒ってケントに平手打ちをお見舞いしていた。ケントはその反動で飲みかけのグラスをこぼした。全てが地獄絵図だった。  店員は「お察しします」とばかりに、私と朋佳のほうを見たあと「大丈夫ですか、おいといてくださいね〜」と、ケントがこぼした飲み物を拭き取りに行った。  お会計は本来幹事のケントと葉月でするはずだが、二人ともそれどころではなさそうだったので、最年少のユウタロウが建て替えておいてくれた。それどころか彼は、会計後私に近づいてきて「酔いは大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。私は序盤に、愛想の悪いロックバンド気取りだと思っていたことを、心の中で謝った。  そのあと彼はレシートを見たあと「女性陣の皆さんは、三千円だけお願いしていいですか?」と言って、私たちから会費を徴収した。  飲み放題でコース付き、誰も見ていなかったが綺麗な夜景も見える店だったので、少なくとも一人頭五千円はかかると考えると、頑張ってくれたほうだろう。普段は三千円も払うと、後で文句を言う私だが今回は納得した。  もちろん、徴収するのがケンタかケントであったなら、文句の雨あられをあとで朋佳に言っていたであろう。  そうして合コンは年長男子の二人がグロッキーになり、幕を閉じた。  ヘロヘロのケントを肩に担いでいるユウタロウを見ると、細そうに見えて意外と力がありそうだった。案の定その光景を、葉月は麗しの王子様を見るような目で見ていた。  ケンタは不自然な千鳥足だった。本当はしっかり歩けるのではないか。もしかしたら、酔ったふりをしているのではないかと思った。十四も年下の男に、全部いいところを持っていかれたという現実から逃げているのではないか。  私はその光景を、ちょうど自分の自己紹介をする前にぼんやりと壁を見ていたときのような目で見ていたに違いない。そう思った。
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