第3章 濃厚甘酸っぱい想い出ベリーティラミス

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あかりは仕事を早々に終わらせ、地下に向かっていた。 昼休みには該当の車を確認している。 社長が出社していることは確かだ。 先に帰ってしまっていなきゃいいけど…。 物陰から駐車場を見渡すと、車は同じ位置に停まっていた。 違うのは白髪の紳士が機敏な動きで車を磨いていたことだった。 きっと運転手だろう。 社長はまだ社内にいるのだ。 しばらくその場で待つことにした。 ただ突っ立っているのも変なのでスマホ片手に誰かと連絡を取るフリをする。 営業車が何台か戻り、人が立ち去るのを遠目で見ていた。 疲れ始めた頃、エレベーターのドアが開いた。 松葉づえをついてひとりで歩く社長だった。 迷っている暇はない。 あかりは猛ダッシュで社長の前に飛び出した。 運転手がそれに気づき駆け寄ってきたが、あかりの方が早かった。 「社長、お話があって。あの、お時間をいただけないでしょうか」 丁寧にお辞儀をし、顔を上げると―。 目の前には、運転手ではなく別の人物が立ちはだかっていた。 病院で会った警備員の甲本だ。 いったいどこから現れたのか…あかりを見下ろしている。 「星宮さん…お引き取りください。お約束していない方とは会うことをお断りしていますので」 社長の方はといえば、甲本の背後で顔をそむけている。 あかりを無視して車に乗り込む気だ。 話をする気はないらしい。 ここまで来たのに…いったいどう言えば…? 咄嗟に出てきた言葉はやはり事件のことだった。 「社長のケガ…ただ転んだだけではありませんよね?」 「どこでそれを…」 社長の顔がこっちを向いた。 「まぁいい、だったら、私に近づかない方がいいこともわかっているんだろ?」 あかりはひるまず続ける。 「その件で新しいことがわかったんです。解決できるかもしれません」 解決の確信はなかったが…社長の関心を引くことには成功したようだ。 低く静かな声で「星宮さん、車に乗りなさい」と言った。 「ありがとうございます」 あかりが礼を言うと、社長の体勢がぐらついた。 それを反射的に支えながら車まで歩く。 二人が後部座席に乗り込むと、運転手は即座に発進させたのだった。
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