26人が本棚に入れています
本棚に追加
清原紘一は静かな朝のうちから身支度を整えていた。
今日は仕事に復帰する。
会社に行けばやることが山積みだ。
「おはよう、パパ」
病室のドアから娘の麗華が顔を出した。
「もう準備終わったの?」
「麗華、来なくていいと言ってただろ? 退院の手続きならひとりでできる」
父親のひと言でにこやかだった麗華は不機嫌になった。
「何よ、会社まで一緒に行こうと思ったのに邪魔者扱い?」
「いや、すまん。ただ仕事は? プロジェクトは進んでるのか?」
と、つい気になるのは仕事のことだ。
「大丈夫よ。優秀な部下がちゃんと進めてくれてるから」
そう言われて、「そうだよな、社員は大勢いるのだ」と反省する。
せっかく娘が迎えに来てくれたのに、こうも仕事の話では息も詰まるだろう。
その時、麗華の視線は片隅にある花束に向かった。
「こんな短い入院で花を飾ってたの?」
「ああ、得意先に入院したのがバレてね…もらったんだ」
咄嗟に嘘をついた。
もうひとりの娘からもらったなどと知れたら怒り狂うに違いない。
「地味な花ね」
気に入らない様子の麗華に「パパは好きだけどな」と答えた次の瞬間だった。
花瓶から抜き取った花をそのままゴミ箱に放り込んだのだ。
紘一は驚いて、支えていた松葉づえの片方を離してしまった。
カランと派手な音が鳴る。
よろめきながら「まだキレイに咲いてるじゃないか」とつぶやいた。
麗華は無表情で松葉づえを拾い上げる。
「社長室にでも飾るつもりだった? 花がほしいならまた買えばいいのよ。行きましょ。仕事がお待ちかねよ」
ひょこひょこした足取りで振り返ったが。
結局は娘に引っ張られるように病室を出たのだった。
最初のコメントを投稿しよう!